美味しいは正義
楽しい修学旅行でした。
次に案内されたのは、倉庫のような場所だった。
高い天井、広い床、少ない柱。無機質な大型の棚が規則的に並んでいたけど、ほとんど空っぽだった。
「おそらく、採掘したビートバンの一時保管場所だったと推察されています。場所も近いですし、運搬の便が良い。このまま再利用できそうですが、運搬用の機材の開発が追い付いていなくて、本格稼働はもう少し先の予定です」
そうですかとしか返事できないんだけど。
「似たような倉庫があちこちで見つかっています。どうも間仕切りを兼ねて収容物専用の棚が用意されていたようで、内部は千差万別ですよ。ここから二階層上、三階の奥の倉庫はまだ生きていて、そこで低温保存された容器から農作物の種子が発見されています。きちんと神代古語で書かれたラベルが張ってあって、聖女様には解読にご協力いただきました」
ああ、義妹のミリアがそんなこと言ってたっけ。
「スミス代官が大張り切りで栽培実験に取り組んでいらっしゃいますよ。将来のランドール伯爵家の特産品にするんだと仰って」
へぇ。さすが公爵家出身のグレーン・スミス代官。将来を見通していらっしゃる。
グレーン卿に任せておけば安心だって、オスカー義父さんも言ってたし。
「一番に試験栽培始めたのは米とチョコレートの木です。どちらも聖女様のリクエストだとかで、農業部隊のやる気が物凄いそうですよ。探索者ギルドの依頼、ビートバンの採掘以外は、新しい資源の獲得になってます。まぁ、宝探しですね。地図の完成はその副産物あつかいになりそうな勢いです」
それで探索者か。命名の根拠はあったんだ。
「米でっか。それにチョコレートの木って初耳ですなぁ」
コーカイが身を乗り出した。
「ああ、それについてはスミス代官か、伯爵家へどうぞ。私はギルドの一職員にすぎませんので」
ディックさんがにっこりと躱した。
コーカイが首をぐるりんと音がする勢いで回して、こっちを見た。
「分かってますやろな、マークはん。いけずせんと、一枚かませてくれはりますやろなぁ」
うわっ、コーカイの口調が。商人王家バリバリだ。
落ち着いて、どうどうどう。
「ちゃんとサウザンド商会は御用商人だから。ちゃんと取引できるから。ちゃんとね」
自分でも何言ってるんだか怪しいけど、僕はまだ学生なんだから。家の方針に口出しできる立場じゃないからね。ただの気休めにしかならない口約束だから。
それで良いならいくらでも約束するよ。だから本当に落ち着いて。
なんだかんだで視察を終えて、僕らは大急ぎで帰路についた。帰りは山越えで、ツオーネ男爵領経由だ。
ツオーネ男爵家はニーナ義母さんの実家で、僕の義弟のカーク・ランドールが預けられている。義祖父さまと義祖母さまに合うのも久しぶりだ。
お土産にどうぞと代官のグレーン卿に託されたのは、チョコレートの実。ダンジョンで見つかった種から促成栽培された、今年初めての収穫分だそうだ。
今はまだ、鉢植えサイズの若木だけど、神代古語で書かれていた解説によると見上げるような大木に育つんだとか。
枝先にびっしり実を付けて、薄皮一枚剥くと茶色い中身が出てくる。その中の種ごと食べられるんだけど、この茶色の部分がとっても美味しいんだ。
「見た事ない実やけど、一度食べると病みつきになりますなぁ。これがチョコレートの実でっか」
頭の中で販路開拓を計算しているコーカイ。
「石ころみたいだし茶色いし、見た目は怪しいが確かに美味しい。行軍食に使えるかもしれん」
何でも軍事に結びつける脳筋思考のレナード。
「チョコレートの木って、荒野でも育つかな。辺境の開拓村でも育てられっかなぁ」
根っからの開拓民のライナー。
無言でチョコレートの実を味わって、目をつむっているルイ。
みんな、味は気に入ってくれたようだね。残りはお土産なんだから、手を付けちゃ駄目だよ。
そんな恨めしそうな眼をしても、これ以上は食べちゃダメ。子供じゃないんだから。
それより学園に提出するレポート、ちゃんと纏めないと。締め切りまでに書き上げような。
本編で書き損ねたチョコレートの木のエピソードです。
実際のチョコレートは、カカオの実からの加工がとても難しくて手間がかかります。
わざわざ醗酵させて、焙煎して、成分を分離したり添加したり。滑らかに仕上げるには、何度も何度も練り上げる必要が。
チョコレート専門の職人が居るのも納得の職人技です。
宇宙時代のバイオ技術なら、完成品のチョコレートの実が成る木だって作れますよね(笑)
お星さまとブックマーク、よろしくお願いいたします。




