テムニー侯爵家の事情
説明回です。なるべく解り易いように頑張りました。
納得したライナーの隣で、次の疑問を出したのはルシカ先輩だった。
「今年卒業されたグラン・ツィフィールド子爵令息は、マーク様を次期侯爵家当主の従弟と仰っていました。テムニー侯爵第二夫人はその母君だと。ツィフィールド子爵家は侯爵家の従属爵位、情報が間違っているとは思えませんが」
あー、学園で寄り子の防波堤してくれてたグラン先輩、元気にしてるかな。
ルシカ先輩、それ、一昨年の騒動の大元なんで、出来れば忘れたかったんですけど。
説明しとかない訳にはいかないだろうなぁ。
テムニー侯爵の第一夫人は、シュワルツ公爵家から輿入れしてきた。現シュワルツ公爵の妹にあたる方だ。
息子二人を産んで円満な家庭を築いていたところに、バルトコル伯爵家から長女を第二夫人として娶ってくれないかと縁談が来た。
デルスパニア王国において、侯爵家と伯爵家の間には明確に一線が引かれている。その差は貴族と平民より大きいかもしれない。
ただし、バルトコル伯爵家は例外になる。
二代前に公爵家三男が婿入りし、その息子である先代伯爵は王弟の姫君を妻に迎えている。
現当主であるリリアーナ・バルトコル女伯爵は王家の血を引く高貴な方。その一人娘なら、血筋的に充分許容範囲だ。
「第一夫人は男兄弟しかおらず、子供も息子二人。妹か娘が欲しかったとかで、第二夫人を歓迎してくれたそうだ。そこら辺の感覚は高位貴族と言うか、まあ、嫉妬の基準が違うというか。テムニー侯爵家は家庭円満だった」
長男は次期当主、次男は騎士団に入隊した。第二夫人の産んだ三男はバルトコル伯爵家へ戻ることになる。それで全て丸く治まる筈だった。
予定が狂ったのは、第一夫人の実家の事情があったからだ。
「シュワルツ公爵には後継者がいなかった。子が無いままに奥様を亡くされて、養子を取ることにした。妹が嫁ぎ先で産んだ甥っ子に白羽の矢が立つのは、当然だろう」
格上の公爵家に頼まれては、嫌とは言えない。長男の代わりに次男がテムニー侯爵家を継ぐことになった。
侯爵家次男は、高位貴族出身ということもあって、騎士団の中枢にいた。きちんと引継ぎをしなければ簡単に退団できない。
空いた穴を埋められる人材は限られる。玉突き的に大規模な人事異動が必要で、準備に手間取った。
そうこうしている内にトマーニケ帝国との小競り合いが始まって、退団は一時延期。本格的な戦争になり無期限延期。
「戦後、北方諸国と小競り合いが続いたのは皆も知っているだろう。その一つに巻き込まれて、戦死されてしまった。本当に想定外だったよ」
テムニー侯爵家の跡継ぎは、第二夫人の産んだ三男に決まった。決まってしまったのだ。
「一昨年、後継者の居なくなったバルトコル伯爵家から申し出があった。キャサリン義姉さんに次の女伯爵として戻って来て欲しいと。断ったけどな」
絶縁状態だったバルトコル伯爵家からの接触は、それはもう、青天の霹靂だった。その時のゴタゴタでテムニー侯爵夫人の知遇を得たり、伯爵家の裏事情を教えられたりしたんだけど。
「キャサリン義姉さんに声が掛かったのは、母方から先代バルトコル伯爵の血を継いでいるからだ。それは今日の来客にも言えること。血筋だけで言えば、トマーニケ帝国の平民がバルトコル伯爵になる可能性が出てきたわけだ」
そこまで言って、オスカー義父さんはリカルド卿を見て頷いた。
「ここからは、わたくしが王家の代弁をさせていただきます。あくまで非公式ですので、皆様、そのままで」
王家の代理人に対しては、本来なら膝をついて頭を垂れなければならない。
その辺の礼儀はキャサリン母上にしっかり叩き込まれているから腰を浮かしかけたが、リカルド卿の言葉で座り直した。
ライナーも遅れずについて来てるな。礼儀作法の特訓の成果が出てるようだ。良し良し。
「バルトコル家は、王国の伯爵位筆頭。東の国境を守る重鎮でもあります。その地をトマーニケ帝国の勢力範囲にするわけには行きませぬ。ましてや本日顔合わせをしたカール殿はエバンス商会長であります」
リカルド卿の口調は緊迫感が皆無、むしろ穏やかだった。
「バルトコル伯爵家の御用商人として交易に専念するだけでしたら、まだ考慮の余地がありました。しかし、トマーニケ戦役を経て、エバンス商会は帝国にがっちり食い込む政商に変貌しております。有能ぶりはさすがと申せましょう。ですが、それ故にバルトコル伯爵家を任せることは不可となりました。あまりに帝国政府と近すぎます」
それは王家の決定事項。バルトコル伯爵家がいくら貴族院へ申請しても、決して認可が下りることは無いという宣言だった。
「後々、血統を言い立てられて問題になっては困ります。寝た子を起こす所業ではありますが、事実確認をしてはっきり決着をつけることとなりました。キャサリン・ランドール伯爵夫人。貴方の母君は、カレスン・バルトコル伯爵と離縁しトマーニケ人と再婚した時点にさかのぼって、デルスパニア王国人としての全ての権利を剥奪されました。故に、いかなる相続権も発生しません。この点につきましては書面にてご本人に通達済みです。ご了承下さい」
この決定のみそは、離婚成立時点ということ。キャサリン母上と僕は適用外になる。
「よろしいのでしょうか。わたくしの実父は先代エバンス商会長ですが」
「問題ございません。貴族院に登録されている貴方様の父親はカレスン・バルトコル伯爵ですので。それに後継者のいないバルトコル伯爵家は、現女伯爵の死去を以て爵位返上となります。消滅した爵位を継承することは、何者にも不可能であります」
リカルド卿がにっこり笑った。
あの、爵位返上予定だから表沙汰にしたんですよね。
問題決着のためにバルトコル伯爵家を潰すんじゃないでしょうね。
ですよねええ。
本編の焼き直し部分が多いので、長くなりました。冗長ですけど、ここを説明しておかないと次のネタの伏線になってますので。
ほんと、誰も悪くないのになぁ。
お星さまとブックマーク、よろしくお願いいたします。




