キャサリン母上の主張
「ニーナさんの言う事は尤もですわ。今から決めなくても、将来どうなるかはその時の状況次第ですもの。ミリアやエザール卿、もっと言えば王家の意向次第でしょう」
母上はいつもそうだ。ニーナ義母さんの肩を持つんだから。
「マーク、貴方、オスカーさんが今のままの地位に留まると考えているのかしら」
え?
「オスカーさんは子爵家三男の騎士爵から、伯爵家当主になりました。子爵でありながら軍の将官に昇進して、階級と爵位が釣り合わなくなったのが理由の一つだと、承知しているわね」
はい、それはもう。
「では、今のランドール家は伯爵家に相応しいかしら。家令と上級使用人の顔触れを見て肯定できますか」
…………。
「ミリアが聖女として認定されてから、我が家は聖女様の実家となったのです。恐れ多くも国王陛下までミリアの前では膝を折るのですよ。これが何を意味するか。少なくとも通常の伯爵家ではありません」
ミリアが居心地悪そうに身じろぎした。
「このままでは終わりませんわ。急激に上昇した地位は基盤が弱くて不安定なもの。いつ足を掬われるか、我が家は隙を見せるわけには行かないのです。お家騒動ほど、他者に付け込まれる隙はありません。不用意な発言はひかえなさい」
「分かっています。発言の相手は弁えていますよ。学園内では、ルシカ先輩とライナー以外に話すつもりはありません」
先輩は将来の側近だし、ライナーは元々ぶちまけ要員だし。相手は選んでます。
母上がふっと息を抜いた。
「マーク、貴方はニーナさんから生きる力を貰いました。たとえ平民になったとしても、今の貴方なら逞しく人生を切り開いて行けるでしょう。わたくしが貴方に伝えられるのは、貴族の知識だけ。それも机上の空論です。本当にニーナさんにはお世話になっているの。いいえ、それ以上にご迷惑をお掛けしてばかり。大恩あるニーナさんから、ご実家の後継者を奪うつもりですか」
「そんな言い方、ずるいです。カークはオスカー義父さんの息子なんですよ。義父さんの後継者に一番ふさわしいでしょう」
「ですからそれは、」
パーンと大きな音がした。ニーナ義母さんが両手を打ち鳴らしたんだ。
「そこまで。お客様の前で親子喧嘩なんてするものじゃないわ。それとね、キャサリン義姉さん。貴女は何も悪くない。悪いとしたら、貴女とマークを残してさっさと死んじゃったお義兄さんよ。それだって事故だったんだからお義兄さんのせいじゃないし。私がランドール家に来たのは納得済みだって言ってるでしょう。貴女が引け目を感じる必要は一つも無いの。それどころか、貴族の礼儀作法を教えてもらえて、私たちの方が感謝しているの。私、貴族学園落第すれすれだったんだから。学年最下位は伊達じゃ無いのよ」
ニーナ義母さん、それ、胸張って自慢することじゃありませんから。
ニーナ義母さんの捨て身の仲裁で、その場はお開きになった。
「ちょっと我が家は複雑なんだけど、まあ、こんなもんだと受け入れてもらえると助かる」
疲れた。精神的に凄く疲れたよ。
「まぁ、どこの家も色々あるよ。マークんちはまだ良い方だと思うぞ。食っていけないわけじゃないし、家族で殺し合いしてないし。俺の村に行くと、そんな話ごろごろあるから」
ライナー、相変わらすメンタル強いな。
「そうですよ、普通、お家騒動は家督の奪い合いです。押し付け合っているなら、まだ平和です。そうですよね」
ルシカ先輩、そう言っていただけて、有難うございます。
「失礼いたします。お手紙でございます」
メイドさんがトレーに封筒を乗せて、静々と入室してきた。
差出人はミリア。宛名はライナー。
『来週から、定期的にアルバイトに来てください。都合の良い日時の連絡、お待ちします。
追記。キャサリンお母様のお作法講座がもれなくセットされますので、悪しからず』
ライナー、逃げられないから覚悟してくれ。
色々、すまん。
キャサリン義姉さんとニーナさんのお話は、本編第二章、「ミリアちゃんにお手紙着いた」を参照のこと。
マーク君、二人の母親に高位貴族と平民の常識を両方叩き込まれてます。王宮で通用する礼儀作法から畑の耕し方、市場の露店での値切り方まで。
オールマイティーな秀才タイプ。総合力では、同年代トップの優秀さじゃなかろうか。
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