王宮のサロンにて
感想で孤児院について疑問をいただきました。感想返しだけではなく、本文にも残しておきます。
「こんなことがありましたのよ」
デイネルス女侯爵の説明を受けて、カース公爵は視線を軽く上に流した。
天を仰ぎたい気分だが、目に入るのは王宮のサロンの天井だけ。
「我が家の奨学金をライナーに受けさせることも考えましたけれど、それでは、ライナーをデイネルス侯爵家の領民にしてしまうことになりますわ。将来の道を狭めてしまうことになっては、マークちゃんが嫌がるでしょう」
「相変わらずだな、貴女は。マーク卿の気苦労が思いやられるよ」
「まあ、ひどい」
ゆったりと笑顔で言う女侯爵は、少しもひどいと思っていないと分かる。
「わたくしも、マークちゃんが来てくれるまでは知りませんでしたわ。寮の同室者が決まってから、軽く身辺調査しただけですもの」
貴族学園の学生寮の部屋割りは、単純に入学式の受付順で決められる。
派閥の者なら固まっているし、険悪な家同士なら互いに距離を取っている。平民は平民で貴族と距離を取る。
微妙な人間関係がそのまま反映されているわけで、下手に忖度してあれこれ組み合わせを考えるより、よほど合理的な結果になる。特に柵がなければ、先着順で問題ない。
「マークちゃん、伯爵家に陞爵して半年でしょう。ランドール家には寄子もいないし、従属爵位は元々の子爵家だけ。オスカー様や聖女様に擦り寄ってくる輩を警戒していましたの。平民のライナーが同室になって、良かったと思いましたわ」
まさかこれほど大きな問題を抱えていたなんてと笑う女侯爵に、カース公爵はため息をついた。
自領の奨学生については、代官を務める家臣の伯爵から、一応報告が上がってくる。
と言っても書類一枚、名前と簡単な経歴が箇条書きされたリストでしかない。承認サインをする必要さえなく、資料の一部として保管されるのみだ。
今回の孤児院予算流用に関しては、代官も承知していないだろう。
関与があったなら、個別に報告があったはずだ。完全に通常業務から逸脱した事態なのだから。
むしろ、機転を利かせた現場を褒めるべきか、それとも咎めるべきか。どちらにしろ関係者について調査せねばなるまい。
「それにしても、孤児院の運営費が流民対策費のままだったとは。これは一度、行政予算の見直しが必要かな」
「そうですわね。わたくしも必要性を感じていましてよ。状況の変化に合わせた効率化は大事ですわ」
そもそも流民対策費が設けられたのは、大量の流民が発生した戦乱の時代だった。
戦災孤児を保護するには、既存の孤児院だけでは対応しきれない。そのため大規模な孤児院が開設され、流民対策費の支出先の一つになった。
戦乱が終わったからといって、すぐに孤児が居なくなるわけではない。規模を縮小しながら公立孤児院は存続し、流民対策費が宛がわれたまま、今に至っている。
「私設の孤児院の補助金は民生費から出ている。そちらを充実させて、公立孤児院は廃止しよう。自領以外の孤児については、私設の方が柔軟に対応できるだろうしな」
規模や実情に合わせて予算配分すれば、定期的に現状確認できるだろう。
カース公爵はすぐに指示を出そうと、心に決めた。
「それで、ライナーのことですけれどね。孤児院からの融資は今年度分だけでよろしくてよ。聖女様のお手伝いをしていただくことになりましたから、そちらから資金援助の目途が付きましたの」
「おお、聖女様から。それは羨ましい」
「学園改革の内容は聖女様の御手によって周知広報される手はずですわ。奨学金が無くても出世払いできるとなれば、ライナーのような事情でも学園を目指せますのよ」
「はは、奨学金の紐付きではない平民が増えますかな。社会変革の一手となるか。楽しみですな」
「ええ、本当に」
デイネルス女侯爵とカース公爵の会話は、その日の内に王宮内に広まり、翌日には王城の官僚街に広まった。
その後予算支出項目の整理と更新が、密やかなブームになったという。
カース公爵、初登場。
本編では一度だけ台詞のあったモブですが、れっきとした公爵閣下で偉いんです(笑)
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