奨学金にあらず
前話が短かった分、長くなりました。
誤字報告、いつもありがとうございます。
「村長さんから聞いたが、ライナー君は本が好きだそうだね」
「はい。ていうか、村にはなんもなかったんで、本読むしかなかったっていうか。子供は俺だけだし、力仕事はまだできないし、村長さんいっぱい本持ってたし」
ちょっと意外だ。ライナーがインドア派だったなんて。
「村長さんが追加の鋤や鍬を仕入れて来るまで、俺、素手でできる仕事しかできんかったし。畑狭すぎて、雑草取りとかすぐ終わっちまったし」
なるほど、荒れ地を耕して耕作地にするまでは土木工事か。子供の手伝いじゃ戦力にならないだろうな。大人しく邪魔にならないでいてくれた方が助かるだろう。
「あ、でも、家が増えて人が増えて、俺よりちっちゃい子が来てからは、ちゃんと畑仕事やってました」
いや、ライナー、本を読むのは悪いことじゃないぞ。言い訳なんてする必要ないだろ。
「村長さんが話していたよ。ライナー君は何度も読み返すものだから、すっかり丸暗記してしまったそうだね。それは素晴らしい才能だよ」
「いえホント、他にすることなかっただけなんで」
ライナーが照れてる。
そうか。伯爵家庶子だった村長さんの蔵書と、読書に集中できる環境か。ある意味英才教育だったんだな。
「君が十二歳になって、卒業試験を受けることになった。開拓村の村民は流民扱いだから、国民の義務である試験を受けなくても罰則はない。ただし、国籍放棄になってしまう。将来開拓村が正式に領地に格上げしても、君一人だけ正式な領民に成れず流民のままと言うことだ」
「ええっとぉ」
ライナーが首をひねった。自分のことなんだから、しっかり聞いておいた方が良いぞ。
「トクス村の教会は、辺境に一番近いからね。自然と開拓村の子供が卒業試験を受ける場所になる。神官からも事情を聞いたが、開拓村からの受験はほとんどないそうだ」
卒業試験はデルスパニア王国特有の制度だ。十二歳での受験が義務付けられている。
平民は試験問題一枚目、貴族は三枚目まで満点を取らないと不合格になる。不合格になると、合格するまで有料の教育機関へ通わなければならない。
国民の義務だから、借金してでも通う。親に支払い能力が無ければ、子供自身が負債を抱えることになる。
「開拓村へ子連れで参加するのは、夜逃げしてきたか、それに類する者だ。経済的余裕があれば、辺境行きは選ばないからね。家庭教育はおろそかになりがちで、卒業試験を受けさせたら落第の可能性が高い。ああ、これは一般論だよ。決してライナー君の村をけなしているわけではない」
「あ、分かります。俺の村、駆け落ちとか借金踏み倒しとか、結構あるあるなんで。家督相続で殺されそうになったからってのも、えーと、三人だったか」
そ、そうか。大変なんだな。なんだか、ライナーのポジティブさの要因の一端が分かった気がする。
「まあ、そんな中でライナー君は目立ったわけだ。平民で卒業試験八枚満点と言うのは、都市部に行かなければ、なかなかいない。開拓村出身という点を加味すると、快挙だ。充分、奨学金申請レベルに達している。有望な子供を発掘すれば担当神官の功績になるし、喜んで申請書類を用意したそうだ」
ここでネックになったのが、ライナーの身分。
ライナーがカース公爵領の領民であれば、自動的に公爵家の奨学金を受け取ることが出来た。しかし、ライナーはどこの領にも属さない流民。
「大商人や高名な学者が個人的に奨学金を出すこともあるが、トクス村にはどちらもいない。開拓村にはそんな余裕はない。しかし、諦めてしまうにはライナー君の成績がもったいない」
自分の教会からどうにか奨学生を出せないかと、担当神官がそれはもう頑張ったそうだ。
「ライナー君は流民。だったら、流民対策費を使えば良い。そこにたどり着くまで、大変だったようだよ。苦労話で詳しく説明してくれてね」
心なしか、小父さんの目が遠くなった。これ、延々と愚痴を聞かされたのかな。いや、自慢話か。
「カース公爵領の公立孤児院の経費は、流民対策費の一部ということになっている。実際には領民の子供しか収容されていないんだが」
へぇー。
「孤児院から退去する年齢は十五歳。生活準備金としていくばくか支給されるし、融資を受けることもできる。幸い、定員割れしていて運営予算に余裕があったから、ここに強引にライナー君をねじ込んだ。流民対策費を流民に使用するという建前でね」
そうなんだー。
「奨学金と違い孤児院からの融資だから、返済の義務があるし、金額の制限もある。授業料と制服代を賄うのでギリギリだったようだよ」
それ、公金の不適切支出になりかねないんじゃないですか。一応理屈は通したようだけど、あんまり大っぴらにできないと僕でも分かる。
「てっきり奨学金の横領事件だと考えていたんだけどね。決めつけは良くないと反省させてもらったよ」
最後に笑った小父さんの言葉は、実感がこもっていた。
「ご苦労さま。事情は理解していただけたかしら。そう、良かったわ。では、これからのことを話しましょうか」
リアーチェ叔母様の言葉には、迫力がこもっていた。
前々から考えていた奨学金ネタ、一気に説明したら長くなりました。
実態と合わない制度がそのまま残っていて、あれこれ解釈を変えながら運用する。日本の法律あるあるですよね。
検非違使をはじめとした令外官活用して形だけの律令制守ってたのが日本ですから。あ、リョウゲノカンと読みます。律令で定められてない官職です。確か征夷大将軍も令外官だったはず。だよね(笑)
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