美味しい菓子には意味がある
台風、なんとか過ぎました。蒸し暑いです。
目茶苦茶お高いアンティーク家具だと聞かされたライナーが、ちょこんとソファーに座っている。
本人はどこにも触らないよう、部屋の隅で直立不動でいたいんだろうけどな。
それは護衛や従僕、客室メイドだけに許される特権だから。客人はちゃんとお持て成しを受ける義務があるからね。
「せっかく資料を纏めたのに、マークちゃんたら来てくれないんですもの。待っていたのよ」
拗ねたように言わないで下さい、リアーチェ叔母様。可愛く言ったところで、膝をついて謝罪したくなる威圧感は無くなりませんから。
叔母様が身振りだけで指示を出すと、テーブルの上に書類が並べられた。書付や手紙も混じっている。
大テーブルとは別に、僕ら一人ずつに小ぶりの脇机が添えられた。
脇机を置く人。その上にテーブルクロスを掛ける人。ミニケーキと焼き菓子の大皿を乗せる人。三段になったフルーツスタンドをセットする人。中身ごとに形の違う飲み物のグラスをトレイごと置く人。
五人の流れるような連携はそれは見事で、思わず見入ってしまっても仕方ないだろう。
「マーク、これ、一人分? 全部食べなきゃいけねぇの。食べきれそうにないけど」
「まぁ、ご安心なさって。好きな物を好きなだけでよろしいのよ。好みのものがあれば、お代わりしても構いませんわ。うふふ。お土産に欲しい時は、名称を聞いて褒めそやすの。誰の作品か菓子職人の名前を聞けば完璧だわ。お土産にいかがですかと聞いて来るから、では遠慮なくと答えればよろしいのよ」
リアーチェ叔母様が、ライナーを何も知らない子ども扱いしてる。気に入ったみたいだ。
平民が高位貴族に目を付けられたって、運が良いんだか悪いんだか。
「叔母様、ライナーにおねだりの仕方なんて教えないで下さい。そんな高位貴族のマナーなんて、平民が手を出すと火傷します」
「そうね。でも、知らないよりは知っていた方がよろしくてよ。マークちゃんの行動の意味が、その場で解るでしょう」
リアーチェ叔母様がちらりとルシカ先輩を見た。
確かに側近候補の先輩には必要な知識かな。
「あー、僕からも補足しとく。菓子職人の名を聞くのは、厨房に専属の職人が居そうな家だけにしておくこと。公爵家と侯爵家、それから一部の有力伯爵家だけだね。下手に中位貴族相手に使うと、お抱えの職人も居ない家って、侮辱することになるから」
本当に貴族のマナーは難しい。政治的駆け引きが絡んだりするし。
「どこの菓子店から取り寄せたのか聞くのは有りだけど、今すぐその店へ行って買ってこいって、強要する意味にもなる」
「あら、それも使い方次第だわ。些細な失態を犯した家に、その程度で許すというシグナルになってよ」
ルシカ先輩が真剣な顔で聞いていた。
ライナーは、ちょっと引いてる。ま、無理ないか。
勧められるまま甘いお菓子を口にして、ようやくライナーの緊張が解けてきた。
テーブルの上の資料について説明しているのは、初老の男性。ライナーの緊張を避けるために砕けた口調を使っているのは、リアーチェ叔母様の指示があってこそだ。
前回の訪問時にライナーから聞き取りしてくれた人で、このまま専任してくれるらしい。
「ライナー君の村は、まだ正式名称が付いていない非公認の開拓地だ。村民は法律上、流民扱いになる。一番近い村はカース公爵領内のトクス。行商人が来るのはトクス村までだし、教会があるのもそこ。間違いはないね」
「はい、合ってます」
ライナーが大きな声で答えた。
お貴族様のアフタヌーンティーぽいモノ登場。五人チームで流れるようにテーブルをセット、これを三回繰り返しました。
残ったスイーツはスタッフが美味しくいただきました(笑)
次話から本格的に奨学金問題に入ります。
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