閑話 デイネルス侯爵は第三宰相
遅くなりました。ちょっと話が流れました。新章のプロローグ的閑話です。
本編のテイラム君については……どうしましょう。
デルスパニア王国の王都デルーア。
地形的にも制度的にもその中心となるのが王城だ。公爵家と侯爵家が並ぶ屋敷街に囲まれて、国一番の威容を誇っている。
正門を潜ってすぐの前庭は公園として国民に広く開放されているが、行政区画は関係者以外立ち入り禁止。立ち並ぶ官庁を行き来するのは、国政を担う官僚たちだ。
王城のさらに奥、国王陛下の御座所である王宮は、陛下のお住まいであると同時に政務を行われる場所でもある。
国王執務室を中心として大臣級の政府高官の執務室が並ぶ、文字通り国家の中枢だ。
第三宰相を拝命するエザール・デイネルス侯爵の執務室もまた、王宮内にあった。
「ご苦労であったの、エザール卿」
トレードマークの顎髭をしごきながら労いの言葉を述べたのは、第一宰相マクミラン侯爵。
先代陛下の御代から辣腕を振るい、その人有りと名を馳せた人物だ。老齢ゆえの引退を表明しており、後継者としてデイネルス侯爵を引き立てて来たのは周知の事実。
「此度の学園改革、見事な手腕であった。卿の足を引っ張りたがる輩も、ケチは付けられまいよ。これで安心して隠居できるわい」
カラカラと笑う老人は、いささかも衰えを感じさせない。その辺の若造など、圧倒する気迫の持ち主だ。
「ご存じでしょうに。制度の原案は我が妻デイネルス女侯爵のもの。私は少々修正したにすぎません。そこまで私に功績を稼がせる必要は無いでしょう」
「そう言うでない。卿は救国の英雄の兄にして聖女様の伯父ぞ。卿が軽く見られては、聖女様のご威光に係わる。未だに卿を子爵家出身と軽んじる輩の口を閉じさせねばな。やれ、聖女様と時代を共にできるとは、この身に余る果報よ。良い時代に居合わせたものじゃて」
上機嫌な上司に、エザール・デイネルスは内心でやれやれと肩を竦めた。
もともと彼は、ランドール子爵家の次男として生まれた。
生来頭の出来が良く、貴族学園でトップクラスの成績を取ることが出来た。
将来は国の文官を目指していたのだが、そこで人生を変える運命の出会いがあった。あってしまったと言うべきか。
同級生に、第三王子殿下がいらした。今の国王陛下の弟君にあたる方だ。
お体が弱く、授業も休みがちで、成績の良かったエザール・ランドールがノートを貸し出したり課題を説明したりと、手助けする機会があった。
本来、王族の側近は、公爵家または侯爵家出身者に限られる。
しかし第三王子殿下は、婿入りして臣籍降下することが決まっていた。その側近候補なら、子爵という中位貴族でも妥協の範囲。
殿下本人から打診されては、身分的にも心情的にも、お断りなどできなかった。
翌年。一学年下に、リアーチェ・デイネルス侯爵令嬢が入学してきた。侯爵令嬢は第三王子殿下の婚約者で、必然的に行動を共にすることが増えた。
お二人は本当にお似合いで、将来お仕えする主人として不足は無かった。
国の文官になった所で、中位貴族出身では出世も頭打ち。小役人として生涯を終えるより、侯爵家で重用される方が良い。そう納得していたのだが。
肝心の殿下が、病没されてしまわれた。陛下のご即位の前だったので、王弟殿下の称号は贈られずじまいだった。
エザール・ランドールの将来設計は全てご破算。今更文官を目指す気になれず、家に戻って跡取りの兄の補佐を務めることにした。
「手筈は全て整いましたわ。さあ、わたくしを選んでくださいまし」
リアーチェ・デイネルス侯爵令嬢の一言で、またもや世界が変わってしまった。
王家に直談判してまで外堀を埋めて来たご令嬢は、それはもう、用意周到で。
いつの間にやら、身分違いの悲恋ということになってるし。
兄に息子が産まれて、実家の将来は安泰だし。
デイネルス侯爵夫妻はさっさと隠居の手続きを済ませて、エザールがデイネルス侯爵を名乗れるよう、準備万端整えてるし。
『リアーチェと幸せに。でないと、化けて出るぞ』なんてふざけた内容の第三王子の書き付けまで見せられて、年貢を納めることになった。
文官を目指してはいた。だが、宰相になる予定はなかった。どうしてこうなる。
それが彼の偽らざる本音だった。
エザール叔父さんのお話です。マーク君から見たら叔父さんだけど、ミリアちゃんからは伯父さんになります。
リアーチェ叔母様の肉食女子ぶり、詳しく書くと長くなりすぎるのでぶった切りました。リクエストがあるなら、王家との直談判シーン書こうかと思ってます。果たして需要は有るのやら(笑)
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