デイネルス女侯爵は女傑様
今話は、テンポを優先しました。女侯爵とのやり取りはまだ続きます。
伯爵に陞爵した半年前まで、ランドール家はありふれた子爵家だった。
侯爵家と姻戚であるとか、軍人の当主が高位貴族以上のスピードで出世街道驀進中だとか、イレギュラーを抱えてはいたけど、家自体は普通の子爵だったんだ。
当然、王都に屋敷なんて持っていない。用事がある時は王都の中位貴族向け(平民でも奮発すれば利用可能なクラス)のホテルを使用していたんだけど。
ずっと絶縁していた母上の実家が接触してきたとか、王家を巻き込んだ義妹の騒動とか。
まあ色々あって、貴族街に用意されたランドール伯爵邸へ引っ越すまで、しばらくデイネルス侯爵邸に居候していた。
「なので、ここは勝手知ったる他人の家みたいなもん。まあ、叔父さん家だから、他人じゃなくて親戚だけどね。とにかく規模が大きすぎて全部は無理だけど、西棟の来客用エリアなら迷子にならない程度に馴染んでいるんだ」
高い天井と磨かれた床、幅の広い廊下は音が響きそうで、小声でこそこそと話す。
案内のメイドさんに先導されて、僕の同伴者のライナーと、元々訪問予定だった先輩のルシカ・マクレーン子爵令息も一緒だ。
「えっと、ここは西棟、なんですか」
ライナーも小声で返してきた。喋りにくいだろうけど、言葉遣い、頑張ってくれよ。
「いや、ここは本館。侯爵家の公務エリア。来客対応や仕事をする場所だよ。二階の奥には事務室とか執務室なんかが並んでるよ。多分、マクレーン子爵の待ってる応接室は一階だと思う」
応接室は用途と相手の格に応じて複数あるからな。寄り子の子爵家でありふれた陳情なら、通常業務の範囲のはず。
そう思ったんだけど、先導のメイドさんは並ぶドアを無視してどんどん奥へ進んで行く。
階段を登ると、廊下が狭くなった。と言っても充分広い。床は絨毯になるし、素人目にも壁紙のグレードが上がったって解る。
「マーク卿、もしかして」
先輩が言葉にしなくても、解答は目の前にあった。
ドーンと重厚で装飾過多な扉。その両脇に控えた従僕。
デイネルス女侯爵の執務室だった。
「楽にしてちょうだい。マイダーリンは今王宮なの。わたくしが代わりにお聞きするわ」
相変わらずゴージャスで年齢不詳の美女ですね、リアーチェ叔母様。
叔母様の指示で、ライナーは別室へ案内された。奨学金について詳しい事務官が聞き取りをするためだ。
これがデイネルス侯爵領内で起きた問題なら、叔母様の一存でどうとでもなる。そうではないから、いろいろと折衝が必要になる。
ライナーの処遇が正式な物だったら、他領のやり方に文句を言うこっちが悪いことになるけど、誰が見てもそうは思えないお粗末さだ。
「まず間違いなく横領事件だけれど、誰がどの段階で横領したかが問題になるでしょうね。奨学金を出している当人に知らせて、処分を任せるのが順当ですけど」
叔母様が迫力ある笑顔を見せた。
「場所が王立中央学園というのは見過ごせませんわね。どんな不祥事であろうと、王宮の管轄に出来ましてよ。せっかくマークちゃんが初めて頼って来たのですもの。お任せなさいな」
叔母様、『マークちゃん』は勘弁してください。
自分で持ち込んでおいてなんだけど、名前も知らない横領犯に同情してしまいそうだ。
叔母様、少しは手加減してあげて下さいね。
とりあえず、ライナー君の問題から。マクレーン先輩の話とあの女の話は、次回以降に持ち越しです。
女侯爵、攻撃力が高すぎて、使いどころが難しいアイテムのような(笑) ちゃちな小悪党など、消し飛ぶ威力です。
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寒暖の差が激しい今日この頃、ご自愛くださいませ。