意外な人物
前話で登場した先輩。予定外だったので、慌ててキャラ設定しました。どうせなら一ひねり加えようとしたら文字数が増殖しまくりました(笑)
「初めまして、ランドール伯爵家長男、マーク・ランドールです」
家の紋章付き馬車が出迎える学生。間違いなく貴族、それも充分な経済力を備えた相手だ。形式的な挨拶でまずは様子見する。
「ご丁寧にありがとうございます。私はマクレーン子爵家次男、ルシカ・マクレーン。お会いできて光栄です」
ほうほう、従属爵位ではなく直参。
子爵でありながら貴族学園に馬車を出せるとは、よほどの家だ。
王都の貴族街に屋敷があるのは伯爵家以上だ。王城で役職に就く法衣貴族は王城の官舎住まいで、馬車の所持を許されないはず。特例が認められるなら、かなりの高官だ。
それとも、王都近郊に領地があるのか。
「初めまして、先輩。マークと同室のライナーと言います。平民でっす」
おしい、ライナー。最後まで言い切れてない。
「あー、すんません、俺、田舎者なんで、言葉使いってやつ、上手くできねぇんで。マーク、俺黙ってた方が良いか」
「かまいませんよ。むしろこの場は無かったことにしていただきたいです。我が家はデイネルス侯爵の寄り子なので、無断でマーク卿と接触したとあっては咎められてしまいます。緊急避難と言うことでお許しいただければ幸いです」
それならリアーチェ伯母様にお聞きすれば良いか。
頼りになる女侯爵の顔を思い描いていたら、ルシカ卿の横に座る年配の男性が口を開いた。
「初めてご挨拶申し上げます。わたくし、デイネルス侯爵家にて従僕を務めさせていただいております。侯爵家にマクレーン子爵ご本人がご滞在中のため、本日はマクレーン子爵家御令息をお迎えにあがりました。只今馬車は侯爵家に向かっておりますが、マーク様はどちらまでお出かけのご予定でいらっしゃいますでしょうか」
はい?
「と言うことは、この馬車はデイネルス侯爵家の物ですか」
「左様でございます」
気が抜けて、思わず視線を天井に向けてしまった。
とっさのことで馬車の紋章をしっかり確認していなかった。ちゃんと見ていれば、疑心暗鬼に駆られることも無かったのに。
「説明が遅れまして、申し訳ございません」
「あ、いえ、気付かなかった僕が迂闊だっただけです。丁度良かった。このままデイネルス侯爵邸に同乗させてください」
「かしこまりました」
男性が頭を下げた。
名乗らなかったから平民だ。僕から名前を尋ねると叱責になってしまう。このまま流しておかないと。
高位貴族の礼儀作法って、まだ慣れないな。
あ、先輩にも言っておかないと。
「僕から頼んだと言うことにすれば、先輩も問題にならないでしょう」
「ありがとうございます。助かります」
先輩の貴族然とした微笑が崩れて、笑顔になった。
先輩も緊張していたみたいだ。
正式名称ではないが、学園前停留所と呼ばれている森の入り口から王都の北城門までは馬車で一時間。
今日は渋滞気味だし、王城近くの侯爵邸まではもっと距離がある。乗り合わせた先輩と仲良くなる時間は十分にあった。
「そりゃもう、一生懸命表情を作りましたよ。見た目だけでもいっぱしの貴族になれって、兄貴と父上から仕込まれたから。家は王都から見るとデイネルス侯爵領の向こう側で、遠方の弱小貴族って奴なんです。侯爵領と隣り合わせっていう地縁が無かったら、寄り子にしていただけなかったでしょうねぇ」
「へえ、お貴族様って、色々なんだ、っと、色々なんですね」
「それはそうですよ。平民と一口に言っても色々でしょう。農民に限ったって、人を雇う大農園の主なら、下級貴族が頭を下げて縁談組んだりしますし」
先輩の話には実感がこもっていた。間近で見聞きした話なんだろう。
「あ、ライナー君、無理しなくてもいつもの口調で良いですよ。私はこれがいつもの口調なので、気にしないで下さい」
「あ、助かりまーす。もう、窮屈でいけねぇ」
素直だな、ライナー。まあ、学園の授業が始まってもいないのに、周囲に合わせて言葉遣いを修正できるんだから、ある意味凄いんだけど。
「んで、先輩。えーと、お父君がわざわざ王都に出て来たって、なんか有るんすか。来るだけでも大変でしょ」
「おい、ライナー。不躾だぞ。貴族の内実を詮索するのは命がけになりかねないから、気を付けないと」
ライナーは本当に貴族との係わりに無縁だったらしい。
平民感覚ならただの世間話でも、それで済まなくなるのが貴族だ。学園内ならまだ何とかなるが、危なっかしい。その辺の感覚も養わないと。
「構いませんよ。ライナー君、寄り親と寄り子って解りますよね」
「うん。マークに教えてもらったばっかり。えーと、何か頼みに来たの」
「だから不用意に詮索するなと。相手が自分で話し出すまで待て。平民は用心し過ぎるほど用心しとかないと危ないんだから」
「えーっ、貴族様とサシで話すなんて今だけなんだし。村に帰ったら顔を合わせることも無くなるんだし、心配いらねぇって」
「いや、学園を卒業したら分からないぞ。貴族と関わる将来も充分有り得るし」
「はは、お二人とも仲が良いんですね。父は私の進路についてお願いに来てるんですよ。就職先とか縁組とか。良くある話です」
そう言って、三年生の子爵家次男は笑った。
「実は、父の実家も昔、縁談をお願いしたんですよ。跡継ぎの父が我が家に婿養子に入ってしまって、叔母が婿を取ったんです」
ほう、それは珍しい。
「ご紹介を受けた婿候補のお一人に、子爵家三男の騎士爵の方がおられまして。残念ながらご縁は無かったんですが、お名前をオスカー・ランドールとおっしゃいました」
はっ。はぁあ。
「父は今でも逃した魚は大きかったって愚痴っていますよ。ランドール大将閣下が救国の英雄と呼ばれるようになってからは特に。この度ランドール伯爵に陞爵されたことから、ますます愚痴が酷くなっているのではないかと。恥ずかしながら、お含みおきいただければ幸いです」
びっくりした。いや、本当に驚いたとしか。
「なぁなぁ、マーク、どゆこと」
ちょっと待ってくれ、今説明するから。
オスカー君の縁談、デイネルス侯爵領の向こう側の家と言う情報、一応本編にちょろっと出ています。多分、誰も覚えてないと思いますが(;^_^A
丁度いいので、ここでライナー君に説明しておこうかな。
お星さまとブックマーク、よろしくお願いします。斜め上にコロコロ転がるストーリー、お冨にも予測が難しいので、広い心でお楽しみください(大笑)
追記 オスカー君の縁談については、本編第七章「村に着きました」を参照のこと。
確かどっかに書いたはずと、ずっと読み返しました(笑)