ちゅうも~く
お待たせしました。二週間ぶりの更新です。その分、ささやかに長くなりました(;^_^A
毎日酷暑が続いてます。三十五度を下回ったら涼しいと感じるほど(笑) 皆様、ご自愛くださいませ。
一通り貴族の挨拶がはけて、ラインハルト君の周囲から人が引いた。
無礼講って通達してあるはずだけど、ここは王太子宮、皇太子に馴れ馴れしく近付くのは、ためらわれるよな。
僕らと同年代の貴族の子弟は、まだラインハルト君に名を許されていないそうだ。つまり、直接話し掛ける資格が無いってこと。
囲まれる煩わしさはないけれど、それって友達がいないってことただよね。なんか気の毒。
目の前には、ミリアが持ち込んだ神託メニューの数々。聖女様の非常識が爆発している。
本格的な夜会だと料理は飾りあつかい。食事そっちのけで社交に励むから、ほとんど手付かずで残ってしまうのが常だ。
だけど今日は料理が主役だ。
初めて見る料理に、目の前で調理するという目新しさ。
並んでいるのは使用人が主だが、チラホラ貴族が混じっているのは、なんだか微笑ましい。好奇心には勝てないよね。
立ち上る匂いにつらるように、屋台に人が流れていたんだけど。
「あれはどうしたのかな」
ラインハルト君の視線の先で、人だかりができていた。
えーと、あれは焼きそばの屋台の前か。何かトラブルが起きたのかな。怒鳴り声とかは聞こえてこないけど。
ピピッと特徴的な音がした。僕の後ろ、護衛のキリー卿の腰のあたりからだ。あれか、スマホモドキとかいうやつ。
「失礼。聖女様の元へ向かいます」
一言残して、キリー卿が人だかりの方へ足早に進みだした。
キリー卿はデパ国の近衛騎士、今回は聖女様の護衛任務で同行している。そういう建前でトマーニケ帝国皇太子の護衛をして来たんだけどね。
だけど、近衛騎士の皆さんにとって建前は建前じゃなかったというか、ラインハルト君はついでで聖女様が大本命というか。
「我らも行こう。デパ国の近衛騎士が護衛任務を放棄したなどと非難されては面倒ゆえな」
ラインハルト君が皇子様モードになった。
そうだね。キリー卿を追いかけて離れなければ、ラインハルト君の護衛中ってカタチになるね。
でもさ、ラインハルト君もあの人だかりが気になってるんじゃないのかなぁ。どうよ。
人だかりの中心に居たのは、案の定ミリアだった。
その両脇に控えるのは、近衛騎士のゼルム卿とキリー卿。
そしてその部下の近衛騎士残り八人が、周辺警備をほっぼり出してこちらに駆けつけてくるのが見える。
ラインハルト君が進むと、人垣が崩れた。
我先に前に出てきたのは若者世代。貴族のお坊ちゃまとお嬢様だ。年配の貴族と使用人たちは後ろに残っている。
アピール凄いな。
「いったい何事か。ゼルム卿、説明願いたい」
指名を受けたゼルム卿と、キリー卿を後ろに従えたミリアが前に出てきた。みんな渋々と場所を譲ったけど、ラインハルト君のご指名だから悪く思わないで欲しいよ。
「我がデルスパニア王国の聖女様に対し、無礼な言動がありました。本来ならば厳重に抗議するところ、聖女様の御慈悲により不問に付すとのお言葉。故に矛を収めたまで。なれど、不承知との申し出があり、あとは、野次馬ですな」
いや、野次馬って。相手はトマーニケの貴族なんでしょう。言葉を選んでくださいよ。
「この場で名は出しません。今日は聖女様の心づくしの場ですからな」
言い切って、ゼルム卿は自信たっぷりな笑みを浮かべた。これでお終いってことだろう。
「その言葉、聞き捨てなりませんわ」
反論してきたのは、貴族のお嬢様。昼間のドレスコードで許されるギリギリまで飾り立てたドレスが凄い。
ラインハルト君に会える機会だし、気合入りまくりなんだろうけど、この場に相応しいかというとちょっと。
まあ、周りには似たような格好のご令嬢がわんさかいるから、目立ってないけどね。
「わたくしは伯爵令嬢ですわ。騎士ごときに侮辱されるいわれは有りません」
あっちゃー。ゼルム卿は『ごとき』なんて言っちゃいけない人なんだけど。
そう思ってたら、隣のラインハルト君が動いた。
「この場はデパ国の心づくしの場である。身分関係なく目新しい料理を楽しむよう、この私が許可した。故にこの場に限り、無礼な言い様を許容しよう。皆の者、良いな」
ここは無礼講で押し通すんだね。
「はーい、焼きそば焼けましたよー。皆さんどうぞ―。美味しいもの食べれば、笑顔になれますよー」
ミリアがパンパンと手を鳴らした。ニーナ義母さんみたいだ。さすが母娘。
「なんですの、貴女。先ほどから礼儀が……」
ご令嬢が言い掛けたところで、キリー卿がさえぎった。
「聖女様はランドール伯爵家のご長女。トマーニケ帝国とデルスパニア王国では、爵位をそのまま認め合うのが慣例。さらに言えば、聖女様は我が国において準王族として遇される方。この場でなければ、話しかけることも許されぬと心得られよ」
ラインハルト君が、うんうんと頷いている。
「我が帝国においては、騎士は騎士爵と定められている。しかしながら、ゼルム卿とキリー卿はデパ国の近衛騎士。その違い、承知しておろうな」
どよめきが起きた。
青い顔をしているのは、近衛騎士の詳細を知ってる貴族だろう。
ただし、近衛騎士の騎士服を判別できてない。できてたら、絶対止めに入ってた筈だし。
キョトンとしている人の方が多いけど、大丈夫か、この帝国。
「ゼルム卿はカース公爵家次男。キリー卿はオートル侯爵家の三男。お二人とも王位継承権を有し、近衛騎士には国王代理としての職務がある。よかったな、この場が無礼講で」
ラインハルト君が疲れたように言うと、キョトンとしてた人たちも真っ青になっちゃったよ。
「焼きそばだけじゃなくて、お好み焼きもできてるよー。さあさあ皆さん、味見してみてね」
あえて空気を読まないのか、楽しみに水を差されたくないだけか。
ミリアが大声出してラインハルト君に屋台料理を手渡すと、ぎこちなくだけど、明るい騒めきが戻ってきた。
最後まで名乗らなかった伯爵令嬢、後で叱られること確定。でも、ラインハルト君の印象に残れたんだから、少しはマシかな。
この後ミリアちゃんは近衛騎士にピッタリエスコートされます。触れるな危険、アンタッチャブルだよ。
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