叔父上は心配性
先週更新できなかった分、今回は長めになりました。
参考文献
本編第六章 招待状
本編第六章 外交官は驚愕する
本編第八章 連載一周年記念天津箱舟の実力紹介 このネタのためにタムルク王国と戦争したらしいよ
本編第八章 皇帝陛下と神の恩寵
「これでも皇帝だ。他国の情報が手元に届く。望めば欲しい情報の詳細が手に入る」
黒髪黒目の青年が、鏡に映った自分の顔に向かって言い聞かせるようにつぶやいた。
ターレン・エル・ファング・トマーニケ。
わずか四つと、皇帝としてはあるまじき名の少なさは、彼が元々帝位につくはずではなかったことを表している。
側妃腹のターレンは、正妃腹の兄たちと歳が離れている。皇位継承権を持ってはいるものの、気楽な第三皇子という立場。
政局からは一線を引き、臣籍降下後の身の振り方を考える毎日だった。
自慢の兄たちは仲が良かった。ターレンのことも可愛がってくれて、仲の良い家族だった。
その筈だったのに。
歯車が狂ったのは、皇太子だった長兄の突然の死。
公式には事故死と発表されたが、陰謀論と暗殺疑惑が蔓延した。
皇太子妃の実家と第二皇子との軋轢は帝国内の派閥争いを激化させ、皇帝の崩御をきっかけに、とうとう帝都を舞台にした武力衝突が起きた。
結果は共倒れ。気づけば皇太子妃も第二皇子も命を落とし、それぞれの派閥は壊滅状態。
残された皇族は、皇太子の遺児と第三皇子、二人だけになっていた。
デルスパニア王国との終戦協定の締結。ガタガタになった貴族の勢力図の再構築。敗戦の戦後処理。
あまりに多い課題が帝位にのしかかる現実もあって、半ば押し付けられるように第三皇子ターレンが即位することになった。
側妃の子でありろくな後ろ盾のないターレンは、それ故にどこの派閥にも属さない。それは調整役としての利点になる。
妥協の産物として、本人を含め、だれ一人望まなかった皇帝の誕生だった。
末っ子のターレンにとって、甥っ子のラインハルト・ゲオルグ・ウィリアム・カスパーニ・ジョゼフ・ジャン・ボナパルト・トマーニケは、兄貴ぶれる貴重な相手。
弟みたいにそれはもう可愛がっていた。
その可愛い可愛い甥っ子は、七歳になったばかり。亡くなった皇太子に代わって皇太孫として擁立されていたものの、あまりに幼い。
そのまま幼帝として即位すれば、後見人争いが激化して今度こそ国全体を巻き込んだ内戦になること必定。
国を護り民を護り、何より甥っ子を守るために、ターレンは即位することを受け入れた。
ただしあくまで中継ぎであると意思表示して。
皇太子はラインハルト・ゲオルグ・ウィリアム・カスパーニ・ジョゼフ・ジャン・ボナパルト・トマーニケ。
皇位継承争いを防ぐために、自身の皇妃は迎えないし、子を生すこともしない。側妃なぞ以ての外。
皇族が少なすぎると言うなら、全身全霊で皇太子を守れ。権力争いのために害すならば、帝国の滅亡を覚悟せよ。
捨て身の脅迫で国内を抑えつけ、派閥の再編で忙しい貴族どもを表面上はまとめ上げることに成功した。
政務を担っていた高位貴族の多くが死亡、または失脚した皇宮で、非常事態を乗り切るためにターレンは多忙を極めた。
次から次へと出てくる問題を場当たり的に対処して、何とか国家としての体裁を整えるまでに数年。
たまにしか会えない甥っ子のラインハルトは、見るたびに背が伸びていて、一目で分かる成長ぶりを喜んでいたのだが。
「大丈夫だろうか。ラインハルトはデパ国で無事にやっているだろうか」
忙しい執務の間をぬって零される主君の言葉に、筆頭補佐官はおざなりな言葉を返した。
「少なくとも、トマーニケ帝国に留まっているより安全だよ。命を狙う奴もすり寄って来る有象無象も居ないからな」
ターレンが第三皇子だった頃からの腐れ縁、公の場でなければ、砕けた物言いだ。
もちろん、皇帝の許可は取っている。と言うより、頼むから態度を変えないでくれと懇願された過去がある。
「だけどな、元敵国だ。学園には、トマーニケ帝国を恨む遺族が居るかも知れないだろう」
「それはお互い様だな。むしろ、こっちの方が恨んでる奴は多いぞ。死傷者の数が段違いだからな」
ターレンがぐぬぬとなった。
対等な立場で終戦に持ち込んだことになっているが、勝利を主張できない時点で実質敗戦。それを誰よりも理解している。
何しろ、終戦に先立つ停戦協議を纏めたのはターレン自身だったのだから。
もしもあの時、戦場に行かずに残っていたら。
帝都での武力衝突を防げていたのではないか。少なくとも兄や義姉を死なさずにすんでいたかも知れない。
今更だと分かっていても、罪悪感はずっと心に残り続ける。
「そこはデパ国も気を使っているじゃないか。聖女の護衛と言う口実で、学園内に近衛騎士を多数配しているんだろ。王家以上の特別待遇だって話だぞ」
「いや、それは本当に聖女のためだろう。ラインハルトの入学とかぶったのはただの偶然だ」
「んん、そうかぁ」
「あのな、聖女は本物だぞ。国際連携機構の設立式典、あの場で示された神の御業は疑いようがない」
王都中に響き渡った天上の音楽。空を走る真っ直ぐな雷鳴。神の恩寵たる運河。
なにより大国デルスパニアの国王が、聖女には膝を折るのだ。
「イマイチ信憑性に欠けるんだが。なんだその御伽噺。演出じゃないのか」
「そう思うのも無理はないけどな。私は実際に体験したのだ。トマーニケ帝国皇帝として断言する。聖女は本物だ。何度でも言うぞ」
そしてその聖女と可愛い甥っ子がデパ国の貴族学園で共に学ぶのだ。
「大丈夫だろうか。上手く馴染めるだろうか。何かの陰謀に巻き込まれていないよな」
若き皇帝陛下の悩みは、尽きないのだった。
雪です。この冬初めてのまとまった積雪。大粒の霰がバラバラと音を立ててます。皆様風邪など召さぬよう、ご自愛ください。
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