君の名は
急に寒くなってきました。
インフルエンザの予防接種よし、スノータイヤに履き替えよし。冬支度しています。
トマーニケ帝国。その成立は戦乱の時代に遡る。
大国デルスパニアに対抗するため、小国乱立状態だった地域で軍事同盟が結ばれた。
その連合軍を指揮し勝利に導いた将軍が、初代皇帝に成り上がった。一代の英雄が統一した、ということになっている。
実際には、各国の妥協の産物と言うのが正しい。
主導権争いで空中分解する前に、戦功はあるものの政治的野心のない男を祭り上げて、統一国家の体裁を整えた。
そうでもしないと、戦乱の中で滅亡待った無しだったからだ。
複数の王国の上に立つから皇帝。皇帝が治めるから帝国。
デルスパニア王国よりはるかに小さくても、帝国は帝国だった。
「始まりがそうなのでな、トマーニケ帝国の皇帝は、絶対権力者と言うより諸侯の調整者なのだ。帝国の高位貴族は、自領では王として振舞う。国より自領優先が当たり前で、宮廷では派閥争いが激しい。そこに皇位継承争いが絡むと、謀略に暗殺、なんでも有りになる」
皇子様、淡々と話してるけど、それ、ご自身のことですよね。
何か、諦念に溢れているというか、子供らしくないというか。本当に十五歳なんですか。
「我が父は、皇妃の産んだ第一皇子だった。現皇帝陛下は側妃腹の第三皇子。そして、私を皇太子とし自身は退位できる日を心待ちにしている。どこかで聞いた話だと思わないか。兄の遺児に後を譲りたい、三男坊の当主だ」
あー、言われてみれば。
僕とそんな共通点があったなんて、全然気付いてなかった。
「よくご存じでしたね」
「オスカー・ランドール少佐は、デパ国との戦争で我が国を敗戦に追い込んだ功労者。わずか数年で大将に昇進し、救国の英雄と呼ばれるに至った。聖女ミリア・ランドール嬢の実父であり、ランドール伯爵領は海路による貿易の拠点。情報を集める理由に事欠かないであろう」
お説ごもっとも。こりゃ、僕の自覚が足りなかったか。
「一方的に親近感を持っているのだが、できれば、私の友人になってはもらえないだろうか」
皇子殿下の表情が、わずかに動いた。
「正直に言うと、私には友人と呼べる者が居ない。不用意な友好は、宮中の力関係に悪影響をもたらす。気の置けない友人など、夢のまた夢なのだ」
あれ、しょぼんとしてる。
「留学すれば何かが変わると思って、陛下に我儘を言ったんだ。だけど、寮は同室者が居ないし、クラスでも遠巻きだし。仕方ないと分かっているけど、私だって友達が欲しいんだ」
あれ、あれれれれ。
なんか、ペタンとした子犬の耳が見えたような。
「お願いする。友人になって下さい。この通りです」
いやあの、皇子殿下。頭上げて下さい。ここ、食堂です。声は聞こえなくても、みんな見てるんですから。
それに言葉遣い。こっちが素なんですか。
「分かりました。分かりましたから、顔を上げて下さい」
「友人になってもらえるか」
うう、上目遣いっ。それ、僕弱いんだよっ。
ああもう、しゃーない。
「分かった。友達になろう。じゃあ、名前教えて」
そうなんだ。皇子様ってだけで、名前は聞いてないんだ。
トマーニケ帝国の風習で、皇族の名前を知る権利ってのがあって、それを下賜されるのが褒章扱い。
更に名を呼べるのは特権。本当に特別な権利。
名を許された者しか直答できないって、そんなとこまで格式ばって必死に皇帝の威信をつくったんだろうな。
「友達なら名前で呼び合うものだよ。別にニックネームで良いからさ」
おや、眉をしかめて悩んでる。随分表情豊かだなぁ。普段取り澄ましてるから反動なのかな。
「いや、友人になってもらうのだ。マーク・ランドール伯爵令息。卿に我が名を与えよう。我が名はラインハルト・ゲオルグ・ウィリアム・カスパーニ・ジョゼフ・ジャン・ボナパルト・トマーニである」
長い。長すぎるよ。一度で覚えきれませんって。
帝国の皇子様。大人びた仮面の下はワンコでした(笑)
帝国の常識なら皇族に名を与えられて感激に打ち震えるところですが、マーク君の感想は長いの一言。お国柄ですね。
江戸時代初期、将軍家の権威を確立するために、様々な格式をつくったそうです。
大広間で集合する時、大名の格によって畳一枚単位で座る位置が決まっていたとか。
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