とある殺人鬼の憂鬱
「キラー君遊ぼうよ」
その安直な名前で僕を呼ばないで欲しい。何というか凄くダサい。僕が市役所の職員だったなら、キラキラネームとして受諾拒否していた所だ。
残念ながらそんな機関は存在しないみたいだけれど、せめて名付け審査局を全国の津々浦々の村に設置しておくべきだ。何なら僕がその局長を担当しようじゃないか。
それで信託なんて安易な理由で酷い名前をつけれれる子供が減るのなら休日返上で働こう。
仕事内容はどんな手段を使ってでも悲しい名付けを回避することだ。
「暢気だなハマ。こんな有様だっているのに」
「だって暇じゃないの、あらかた片付けはやってしまったし」
「僕は足を折れているのに、穴掘りから運搬まで全部やったのに、その上まだ働けって言うのかい」
現状この村は史上最大の労働力危機だ。骨が折れて重傷の僕ですら、働かないと不味いかなと思うほどの。
「だってぇ」
いささかこの少女は元気が過ぎる。僕が言えたことじゃないけど、もっと他にやることがあるだろう、普通の村娘なら。
「僕は足が折れてるんだぜ。今日は歓談ぐらいで勘弁してくれよ。ほら、焚き火の火が消えてしまうと困るし」
「分かったよ。けどキラー君に詩人さんみたいな事が出来るの」
「ただの村人に一体何を求めているの。大体此村には語り部のおじいさんこそ居たけれど、詩人なんてきたことないじゃないか」
「町に行ったときに聞いたんだあ。良かったなあ、ドロドロとした宮廷愛」
テレビにかじりついた、主婦みたいな趣味をしているな君は。青春に何かやり残してきたんじゃないかい。ハマは今からでも間に合うと思うよ。
何せ君はまだ年若い乙女だ。学校みたいなシチュエーションは期待しないで貰いたいが、騎士ぐらい君なら相手から見つけてくれるだろう。
「ハマ。君は本当に性格が悪いな」
「そう。自分じゃ性格の善し悪しなんて分からないからな」
「それじゃあ育ちも、性格も、人格も悪い僕があえて言おう。君は人間性が悪いよ」
「人間性が悪いって、それこそ語呂が悪いね。けど言いたいことは分かるよ。昔お母さんに言われたことがあるよ。あなたは獣ねって。獣性。それはつまり人間性と相反するものでしょう」
僕も大概だけれど。君は僕を超えているよ。
まあそう言う話のネタもないわけでもない。
「それじゃあハマ。君は誰か愛する人はいたかい」
「子供に聞くにはおかしな話だよ、キラー君」
「それを君が言うのか」
ドロドロな詩が好きとか言う君が。
大体、普通の子供がこの状況において正気でいられるわけがないだろう。
そんな君にこそふさわしい。これは僕がまさしく生まれる前の物語だ。
「僕は愛情というものがよく分からなかった。こういう言い方をすると、中二病臭いヤツだとか。散々な罵られ方をするからね、あまり人にには言いたくないと思っていたのだけれど。僕としては人には言えなくてもそれなりに重要なことだった」
「その中二病って奴は分からないけれど、キラー君が居たいヤツって事は分かるよ。いたたたたたってやつだね。いたたたたたたたた」
君が普段から僕を馬鹿にしているのはよく分かったよ。
「他人から向けられる愛情も分からない、他人に向ける愛情もない。ただ自己愛だけが存在していたんだ」
「キラー君てそもそも恋人も居ないし、モテてもいないとおもうよ。家族からも冷たく当たられているポジションだった気がするけれど。そりゃないよね愛情」
酷いことを言うな。
「僕には前世の記憶というヤツがあるんだよ。前世で僕は殺人鬼というヤツをやっていたんだ。人殺しさ」
「へーそれで」
「おいおい。信じてないだろ。本当なんだぜ。確か13人いや、12だったかな」
「分かったから。それで」
「僕は生まれつき殺人衝動がとか、あった訳じゃない。ただなんとなく、ふと思ったんだよ。誰でも良いから殺したいなって。僕の場合は動物を殺したいとか、加虐体質だったからとかじゃなくて。僕は僕と同じぐらいの社会的生物を殺してスカッとしたかった。そうだな、言語化すると社会に対する復讐とかになるのかもしれないけれど、とにかく僕は殺したかった。細かい理由など無い。僕はそうするべきだと確信していたんだ」
そのまま、なんとなくやっちゃったんだよな。包丁が目に入ってついうっかり、気持ちの赴くままに刺してしまった。そのまま転がり落ちるようにがけを下って、何時の間にかに異世界だ。
下に向かっているはずが何かの拍子にエネルギーがスタックして上に吹き飛んだのか、テクスチャの隙間に落ちたのか。おかしな事もあるもんだ。人はそれをバグと呼ぶんだよ。どうなっているんだ神様。
「それで」
「すげえ淡泊だな。もうちょっとないの。きゃー殺さないでーみたいな」
「ないない。というか興味がないって。キラーの事情なんて何も」
「そうか。というかその名前はやめろって。神様が考えた名前らしいけど。殺人鬼だからキラーってのはないだろう。そう思うよな」
「神様何それ」
「だから前世の記憶を残して僕を転生させた、ヤツのことだよ。神様。何でもお前は徳が足りないからもう一度働いて来いってさ。やれ英雄が足りないだのどうのこうの。それ僕に関係ありますかって話だと思わない」
魔物とか言う怪物が居れば殺す相手には困らないだろうとか言って。人のことを何だと思っているのか。ただの動物を殺しても気持ち悪いだけに決まっているだろうが。
「神様と会ったことがあるの。いいなあ」
「そこには食いつくのか」
「だって神様だよ。一度あってみたいなあ。そして戦ってみたい」
「お前も大概罰当たりだねえ。信仰心とかねえの、信仰心」
「罰じゃなくて気持ちで当り合いたいの。気持ちよくなりたいの」
拳を当て合うつもり満々じゃないですか。神様と戦いたいって。人でも無い動物を痛めつけてもなんか可哀想なだけじゃん。何より神様なんて、罰当たりだと思うよ、僕は。
こんな野蛮な世界に送り込まれた恨みはあるけど、なんせ神様だし。
「で。実際の所、どうだったわけ。村1つを滅ぼしてでも、魔物とたたかった感想は」
「思ったよりもつまらなかったなあ。だって皆すぐ死んじゃったのだもの。こう戦争みたいな波の戦いがしたかったのに。殺し殺されみたいな」
その感想はあまりに酷くない。僕を含めだけれど、犠牲になった村人達が報われないよ。
まさか祭りで村の守り神を撲殺されて、村に魔物があふれかえるとは思って居るまいて。それだけやらかした結果つまらなかったじゃ、おちおちあの世にも行けないだろうさ。
「物騒だなあ。敵なんて死ねば何でも良いじゃない。魔物なんかで殺されちゃって。ハマが本気を出せばもっと生き残ったかもしれなかったのに」
「なんて酷いことを言うの、そんなもったいない戦い方出来るわけないじゃない。大体、さっきの話なら。キラー君は村八分にされていた恨みで殺しちゃうつもりだったんでしょう。なら良いじゃない。どうせ死んだんだから」
僕って村八分にされてたの、初めて知ったよ。衝撃の事実だよ。そりゃそうか。神様が神託であなたの息子は殺人鬼ですよーっていっているようなものだもんな。そりゃ仕方ないか。
すっとしたぜ。じゃあ殺さなくて良かった。
「絶対、違うと思うよ。キラー君は信託がなくても気味悪がられると思うよ。私以外には」
そういうものかなあ。
一見は普通に見えるハマが村人に気味悪がられていたって事は、そういうものなのかもしれないなあ。
「あ、もしかしてキラー君が戦ってくれるの。良いよ、良いね、キラー君強強だもんね。ほら私だって人じゃない。その溜まった鬱憤を私にぶつけてみてよ。思いっきりさ、その感情を」
魔物は確かに恐ろしいけど。ハマ、君の方がよほど僕は恐ろしいよ。君みたいな連中をきっと英雄と呼ぶんだろうね。
そうさなあ。
「なんか。気分が乗らないんだよなあ。というか僕は別に殺す事で気持ちよくなっている訳じゃないの。むしろ気持ち悪すぎて殺したくなるわけ。この世界の家族とか村人には、それなりの恨みがあったけどさ、そのぶつけ先は皆な死んじゃったし。お前は社会性がなさ過ぎてなあ。むかつきようがないよなあ」
「そかあ。じゃあダメだね」
「ダメだなぁ」
神様。この世界にわざわざ僕を転生させる必要、ありましたか。
「僕たち、なんでこんな話をしているんだっけ」
「さあ。忘れちゃった」