liberation〜ひび割れた世界と魂の絆〜
*短編としてどなたでも読んでいただけたら嬉しいです!!
*それぞれの名前にも意味を含ませています!
*春風咲来短編集の新作であり、異世界アイドルシリーズ番外編でもあります。
*異世界アイドルシリーズのアイドル達が演じる映画としてイメージし、配役している部分もあります。
役としてでではなくてももちろん楽しめます!どちらの見方でも大丈夫です!
性格などは似せていませんが、それぞれの配役に自分なりの意味を含ませています。配役は後書きにて公表しています。
*改めて、異世界アイドルシリーズをお読みになっていない方でも楽しめると思いますので気になったらぜひ最後まで読んでみてください(^ ^)
壊れかけたその世界で希望を失わない者達がいた。
遥か遠い宇宙、二つの星は対立関係にあった。
尽きる事のない豊かな資源、どこまでも発展した科学・文明、さらには人知を超えた力さえあたりまえに存在している奇跡の星"エターナル"
奇跡に憧れるあまり、誤った発展から荒廃の一途を辿る星。
そうしていつしか憧れだ存在から"フェアウェル"と嘲るかのように呼ばれるようになった終わりを待つ星。
「フェアウェルなど、その名の通り早く滅びてしまえば良いものを…そう思わんか?"アクア“」
頬杖をつき、玉座の上から目配せをする青年に、少年は淡々と述べる。
「そうでしょうか?お言葉ですが“ミリオネア"様あなたのそのご資産を元にフェアウェルを発展させてみてはいかがでしょう?いずれあなたのためにもなるかと…」
少年の意見には聞く耳を持たず、ふんっと苛立った様子で「言うようになったな、アクア」と睨みつけている。
アクアは、悪びれる様子もなく「僕にとっては褒め言葉ですよ。」とわざとらしい笑顔を浮かべている。
「この世界に、本当の夜明けは来ない。」違う星からでもわかるほど輝くエターナルを見上げて、誰かが呟いた。
フェアウェルにはもはや、彼のような人間があふれかえっていた。
「そんな事言うなよ〜"アルバ“っ!夜明けは、きっと来るよ!生きていれば、生きている事こそが光なんだから、それを表すような君の名前って本当素敵だよね。」
人懐っこい笑みを浮かべ、諦めず人々に声をかけ続ける少年"マリン"
彼の目にも人々の絶望は映っていたし、状況を充分理解もしていた。それでもマリンは諦めなかった。
「この二つの星は、どういった結末を迎えるのだろうね…見届けようか"ファング"」
「待って下さい!"サミュエル“さ〜ん。まだ記録の整理が…」
手を振りながら髪を縛った青年に駆け寄ってきたかと思えば、膨大なメモの山を眺め、ペンを片手に首を捻る少年。
「置いていくわけないだろ?」優しく目を細めその少年の頭を無意識に撫でながら、降り立ったばかりの地の先を見つめた。
「さぁ、旅の始まり、まずは中立での観察といこうか。」
不敵な笑みと期待に満ちた笑みで小さく笑い合った。
エターナルとフェアウェルからは少し遠い三つ目の星、自由都市イコリティーからの訪問者はフェアウェルの地の観察を始めた。
「おや、見ない顔ですね。ここに観光客が来るなんて珍しい。もしよろしければ、占いの館にいらっしゃいませんか?」
下を向いて歩き、他人に見向きもしない人々の中で、二人をこう呼び止める者がいた。
「では、お言葉に甘えて。」サミュエルが反射的に笑い返しついて行こうとすると、ファングが小さく袖を引いて「この状況で占い業なんて、いかにも怪しいですよね?」と囁いた。
「こ〜ら、ファング。」と穏やかに嗜めた後、「もし何か怪しい行動をとったとしても記録の役にも立つし君が守ってくれるじゃないか。」と囁き返した。
「確かにそうですけど…俺が守るって他力本願かよ…」とわざとらしく拗ねて見せた。
占いの館に着くと、ファングより少し幼いくらいの二人の子供が出迎えた。
「「お帰り!父さん!!」」息の合った様子で彼に飛びつく二人を見て、ファングは占い師を人間としては信用できるかと思い始めた。
「かわいいお子さん達ですね。」サミュエルが占い師に話しかけると、彼は「こっちの獣の耳が生えている子は赤ん坊の時に拾った"ノア"、白い髪の子は最近家に来た"マナ"です。」とだけ言った。
その言葉を聞いてサミュエルとファングは、ノアが捨て子になった背景がエターナルの住民からの辱めによるものだと悟った。獣の耳がある者は魔力を持っている者ばかりだが、ノアからはそれを感じない。反対に、マナからは不思議な雰囲気を感じた。
「サミュエルと申します。こちらは弟子のファング。
皆さんはずいぶんと仲が良いんですね。マナさんの方はなぜここに?」軽い自己紹介の後サミュエルが探りを入れると、占い師はマナとの出会いについて語った。
デジャヴ、重なるあの日、昼か夜かわからない暗い影の中に降り頻きる雪、占い師"ベリタス"が捨て子だったノアを拾った日。人気もなく、普段なら誰も通らない場所で…
ノアの時のように、耳をつん裂くような生きたいという赤子の声が意識を引きつけて離さなかったわけではないが、マナの微かな息がまだ命を手ばなしたくないと言っているようだった。
抱き上げて声をかけると、世界の汚れを知らない瞳いっぱいに私を写していた。
「ただいま、ノア。」はいつものように両手を広げてノアを抱きしめる。
「お帰り!父さん!」ノアはベリタスが実の父親ではない事を知っていたが、その名に込めた自由の意味の通りフェアウェルの地でも愛情や希望を失わない子に育っていた。
ノアはすぐに父の後ろから顔だけを覗かせている人影に気づいた。少年とも少女とも言い難い曖昧さ、白く透き通るような肌や少しでも触れたら壊れてしまいそうな儚さに、ノアは胸が騒めくのを感じた。
「意識不明で倒れていたから保護したんだが、覚えているのはマナという名前だけのようで…今日からここで育てる。仲良くできるね、ノア?」
諭すようなベリタスの声に、たちまちノアは笑顔になってマナの手を取った。
「よろしくね!マナ!」
マナはノアと同じようににっこりと笑った。
「近ごろ私の自慢の子供達と、そしてそれぞれの星を動かそうとする数名の者達によって未来が大きく変わると出ています。」
水晶玉を除き込んだ後、仲良く遊ぶノアとマナを横目で眺めながら、ベリタスはサミュエルにそう言った。
「どう、変わるのです?」全てを見透かすようにサミュエルが目を細める。
ベリタスは探りをさらりとかわし、「さぁ?当たるも八卦当たらぬも八卦の占いですから…」と張り付けたような笑みを浮かべた。
ファングが癖で予言を書き留めると、ノアとマナは膨大なファングのメモに興味を示し、ファングは誇らしげに2人に文字や星々の歴史を教え始めていた。
その様子を、ベリタスとサミュエルはしばらく微笑ましげに見守った。
ほどなくしてサミュエルとファングは再び旅立った。
「そうだ!父さん、マナをマリン達のコミュニティに紹介してきてもいい?」
ベリタスが頷くと、ノアはマリンの手を引きかけて行った。
「そういや、ベリタスのやつがまた拾ってきたって言ってたな〜。この星に裕福なんて家庭はどこにもないのに、物好きな…」とアルバは半ば呆れ気味に呟いている。
一向にノアの後ろから出てこようとしないマナを、ノアは「ちゃんとご挨拶しないとダメだろ?」と優しく挨拶を教えている。
「すっかりお兄ちゃんだね〜、ノアくん。」エターナルから盗んだ道具や食料を闇市で売り捌いて帰ってきたであろう"リッド"は微笑ましく2人の様子を見守っていた。
「お帰り〜、リッド!」「お帰り…今回も捕まらなかったんだな…」マリンは明るく喜びに満ちた声で、ベリタスはめんどくさそうに、でもどこかほっとしたように言った。
「お邪魔してます!」と元気よく言うノア、慌てて「お邪魔してます!」とマナも大きな声で言った。
マリンはしゃがんでマナと目線を合わせて、「はじめまして、マナ! 俺の名前はマリン!アクアマリンのマリンだ!」と自己紹介した。
「…アクアマリン?」マナは言葉を繰り返す。
「アクアマリン、見た事ないか。唯一お金になる物だから、念の為普段は隠してるんだけど、マナには特別だよ…このアクアマリンのペンダントはね、俺の家計に代々受け継がれてきた者で、俺の命を繋いでくれたものなんだって。」と服の中に隠していたペンダントをそっと取り出す。
「俺が生まれる前からのお話で、リッド達に教えてもらったんだけどね、俺の両親は貧乏でどれだけ働いてもまともな給料はもらえなかった。
そしてある日、ついに母親が栄養失調で倒れて、父はとうとう形見のペンダントを手放す事を決意した。
当時はもう衰退が始まっていたから、フェアウェルには宝石を持っている人も買う人も少なくて、仕方なく旅人を探し売れないか交渉に行ったんだ。
その時に声をかけたうちの一人が、父のただならぬ様子に事情を聞き、一度買い取ってからプレゼントとして父のもとに戻してくれたんだって。
その人は、物も思いも繋がりは大切にしないといけないよ。とだけ言い残してどこかへ去っていったんだって!
アクアマリンを買い戻してくれた人への感謝から、俺の名前は宝石から取ったマリン!」
かっこいい人と誇らしい名前の由来だろ?とも言いたげにキラキラとした瞳でマナを見つめると、ばっちりと目があった。
マナがマリンの真似をして目を輝かせたのを、話に感動したと思ったマリンはさらに上機嫌になっている。
一呼吸置いて、マリンの表情が別人のように暗くなる。
「でも、母は俺を産んで産後の肥立ちが悪くて亡くなって、父は無理が祟って病死したんだ。それでこのコミュニティで育った。」
すぐさま周りに気を遣って、「それでもコミュニティのみんなはいい人達だし、悪い生活ではなかったよ!」と笑い飛ばした。
一方、エターナルでは密かに意見の分裂が起き始めていた…
「どういう事だ、アクア!何故民の支持や意見が半分に分かれている!!」怒り心頭のままミリオネアはアクアを呼び出した。
「どうもこうも、僕の描いたビジョンを試しにプレゼンしてみただけだけど…?」おかしいと思ったら身内であろうととことん疑問をぶつける性格で悪気ない口調だった。
パシンと衝撃音が耳元で響いた。遅れて、僕は叩かれたのだと理解した。
(初めてこんなに本気で叩かれたな)とぼんやり思い、
「暴力反対、お父さん。」棒読みでそう言いながら機嫌を取ろうととわざと甘えるような表情で見上げてみた時、反射的にアクアマリンのペンダントを握りしめていた事に気づく。
(何故だろう。昔から、これに触れると落ち着いて、懐かしく暖かな気持ちになる)
アクアがペンダントを握り締めながらにこにこと見つめる様子を、ミリオネアはいかにも面白くないといった態度でじっと見つめていた。
「しかし僕の意見、支援に賛同する者も増えているという事は、いずれミリオネア様のしたい事の妨げになりうると念頭においてくださいね。」
アクアはそう忠告したが、ミリオネアは聞く耳を持たず部屋から出て行ってしまった。
(考えるより、さっさと攻め入ってしまえばいいものを。)くだらないと言うようにため息を一つついて、ミリオネアの自宅をこっそりと抜け出し武器を手に取った。
「ミリオネア様の命令だ!フェアウェルへ侵攻計画を開始しようではないか!!」豪快に笑いながら宣言する、側近の忠犬"リヴ"。
鎖から解放されて電源を入れられた感情のない兵士達
(ワタシハ何ノ為ニ戦ッテイルノダロウ…)
迷いがあろうともただ動き続ける。
"F2"fateとfightそのためだけの存在。
エターナルの戦闘用に作られた人型の機械達。
その中で唯一感情が芽生え始めた一つは、いつも考えていた。
人工知能が搭載されているとはいえ、機械達にはプログラムされた言葉を話したり、決められた行動を取る機能しかないため、それ疑問を伝え、争う事は不可能だった。
「ずいぶんと面白そうな事をしようとしてるじゃないか、リヴ。仲間はずれとは酷いな〜」気配を殺して近づいたミリオネアは冗談めかした口調でリヴの肩を掴んだ。
「申し訳、ございません。」リヴは、ミリオネアの気配に何故だか背筋が凍るよう気がした。
「私を混ぜてくれればいいって。飼い犬が飼い主に隠れてこそこそなんて思わない事だね。」ミリオネアの真顔と語尾にハートがつきそうなくらいの甘ったるい声がかえって狂気じみていた。
リヴは初めてミリオネアに対する忠誠心が揺らぎ、ずいぶんと久しぶりに、恐れという感情を抱いた。
「それじゃあ、"あいつ"の情報ではここを攻めるといいらしいから、行くよ?」
何かに気づき始めたところでもうミリオネアの瞳にリヴは捉えられ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、従うしか生きる術はないように思えた。
フェアウェルの地に上がった二人がF2達を率いて攻め入ったのは占いの館…
「ずいぶんと良い水晶玉だな…こちらへよこしてもらおうか!」ミリオネアの指示で一斉に動き出した、20はくだらないであろうF2達に不意打ちをくらったベリタスは、なすすべもなく囚われてしまった。
「力を持たない獣人の子と、失敗作か。お似合いだな。」
嘲るようにミリオネアは言う。
「失敗作?なんで、そんな事言うの…?俺とお前はお揃いの耳まで持っているし、俺達は何も変わらない人間じゃないか。」
耳はシュンと垂れ下がり、怯え切った瞳で祈るように彼を見上げた。今まで愛情しか受けてこなかったノアには、彼が本当の化け物のように見えた。
それでもノアは、後ろにマナを庇っている。
「同じ耳だと?笑わせるな!この私の耳には魔力が込められているんだ!力だって貴様の何倍も強い!」
耳の毛を逆立てて、筋力を高めて見せつけている。
嫌な予感がするとベリタスから呼び出され、渋々ながらもあらかじめ警備にあたっていたアルバは、リヴと交戦状態になっていた。
好戦的な性格の手練れリヴと、生きる気力を失ったアルバでは力の差は歴然だった。
「殺すなら、早く殺せば?こんな世界はもう懲り懲りだ…」
無気力なアルバにリヴの銃が突きつけられ目を閉じると、マナが2人の間に滑り込み、両腕を広げて威嚇する様にリヴを睨みつけている。
「俺なんかを助けて、何になる…!」アルバは慌ててマナの前に出た。
マナはアルバを汚れのない瞳で見つめて、「ノアがそうしてくれたから」と柔らかく微笑んだ。
アルバはマナの姿に、幼き日の自分を重ね、守るために戦いたいと思った。
無我夢中でリヴとF2達に飛びかかり、的を定めず殴る蹴るを繰り返しがむしゃらに戦った。
その隙に、マナはどこかへ抜け出して行った。
マナに連れられ、マリンが駆けつける。
「アルバ!ノア!ベリタスさん!」
戦っている三人の名を叫び、マリンも落ちていた刀を拾い切り掛かって道を開いた。
するとタイミングよく現れたリッドはアルバとマリンの姿を見つけると、F2達の中に飛び込んだ。
「F2よ、敵の認識がずれている。」誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟き、リッドは何かをかざした。
「ロック…」
するとF2達はたちまち動かなくなった。
F2達が動かなくなり、逆転のチャンスとばかりに反撃に出る。
荒れ果てた地を生き抜いてきた彼らが束になれば決して弱い訳がない、しかし武器の技術面はリヴとミリオネアの方が上だった。それでも何とか危うい場面はありつつも互角の戦いを繰り広げていた。
長期戦の末、リヴの銃は苛立った彼の無計画な発砲が加速し弾切れを起こしていた。
「ちっ、勝てないわけじゃないが引き時だ。」
暴れ足りないと言うような仕草をしてから、リヴは逃げ去った。
「しかしなぜ、リッドがエターナルの攻撃対象外の照明カードをあやつらの為に使ったのだろう?…そういえば、あの二人だけは襲うなと言われていたが忘れていたなぁ〜」
ミリオネアもあくびをして独り言をもらしながら、掴みどころなく優雅に立ち去る。
「すごいよ!さすがリッド!!」マリンはリッドがなぜ止められたのか疑いもせず、素直に彼を尊敬した。
「皆さん、助かりました。まさか偶然拾った水晶玉がエターナルの者達にも価値のあるものだったとは…」
拘束を解かれたベリタスは、ノアとマナを両手に抱き締めながら、二人の温もりを感じて安心していた。
「直せ」ミリオネアはめんどくさそうに人型の機械を放り投げる。
「これはまたずいぶんと酷く破壊しましたね。F2達。」
痛む心を悟られないように取り繕った笑顔で作り手は淡々と対応する。
彼は、これはまた戦闘訓練と称しリヴとミリオネアのストレス発散に使われた分もあるなと察した。
「ところで、巨大な魔力の核を作り、そこから魔力を供給する花を生み出す、マナ・フラワープロジェクト研究は進んでいるか?"スペクター"」
作り手を品定めするように、ミリオネアはまた蛇のように目を細めた。
「あぁ…この前失敗した1号はフェアウェルに放ってしまいましたから、またしばらくかかりそうです。」
スペクターががっくりと肩を落として見せると、
ミリオネアはその肩に手を置き、
「私の永遠の命と力、そして美のために、期待しているんだから頼むよ?」
細い目をさらに細めて睨みつけた。
「もちろんです」(不老不死、永遠なんてそんなにいいもんじゃない。それなのに何故、人々は永遠を望むのだろう…
失敗作というのは欺くための嘘、もうじきフェアウェルは救われる。)
本心ではミリオネアの事など愚かとしか感じていないが、
このエターナルの地で彼を敵に回す事は生きづらくなる。
「そうだ、その失敗作に今日邪魔をされた。奴は本当に失敗作だ、敵を庇うなど。」吐き捨てるようにミリオネアは言い放ち去っていった。
「そんなバカな、あの子には感情が、心が芽生えないはずなのに…」フェアウェルの地の人々の命の支えとなるように作られた、迎える最期を知っているスペクターの心はざわめき、しばらくそこに立ち尽くした。
「俺達は彼らに何もしてないっ!
なのに、なんで、一方的に責められないといけないんだよ‼︎
黙っているわけにはいかない、アルバ!リッド!
行こう、エターナルへ…」
マリンは居ても立っても居られない様子でそう叫んだ。
エターナルへ行こうと宣言する口調は、とても落ち着いていて静かで揺るぎない決意を示していた。
これ以上危険な目に晒すわけにはいかないと反対の意を唱えようとしたベリタスだが、水晶玉を除き顔が少し青ざめる。
「っ…!これは…エターナルに鍵となる出会いがある。」
行きなさいと言う事なのだろう、その先は何も言わなかった。
無言で頷き、エターナルへ向かおうとするマリン。その瞳は揺るぎなく強い意志を示していて、自然とそれにアルバも続いた。
リッドも二人の後を追う。
ノアとマナも続こうとしたが、ベリタスが二人を抱きしめる腕の力を強め、引き留めた。
「あの三人は必ず帰ってくると信じています。ですが、あなた達は目の前からいなくならないでください…」
心配と愛情に満ちたその声は、切なく切実に二人の心に訴えかけ、二人もベリタスを抱きしめ返した。
「みなさんが戻ってくる間、この地に生きる人々の希望は守ります」
今までもあらゆる予言で希望を繋いできた水晶玉に映る未来を、何も見えないほど眩い美しい光を良いものだと信じて、疲れて眠ってしまった愛しい我が子達の寝顔を眺めながら、ベリタスは水晶玉を磨いた。
「フェアウェルへ攻め入ったのは、完全なるミリオネア様の独断。これより支援派の結束を固め抗議をしようと思う。賛同する者は俺に続いてくれ…‼︎」
父の権力に頼らず、一人の男アクアとして世間に声を上げる。
しかし、ミリオネアの権利がいまだ絶大な中、彼の声に耳を傾ける者もやはり少なくなっていた。
思いの届かないもどかしさや、やるせなさ、誰にも自分が見られていないような孤独に、肩を落とすアクア。
そんな彼を下から見上げる者が一人。
「ねぇ、あの人大丈夫かな?」マリンが心配そうにアルバとリッドに尋ねると、二人は驚いたように一瞬目を見開いてから、
アルバはなんでもないというように、リッドはどこか怒りを隠すように、「関わらない方がいい」と言った。
視線を感じた気がしたアクアは、見下ろしたが一足遅く、それらしき後ろ姿が小さく見えるのみだった。
「あれは、リッド…それと見慣れない連中みたいだ。」
アクアはどことなく違和感を覚えたが、エターナルの人々を動かすための方法を再び練り始めた。
エターナルの街を歩き、これと言った収穫のないままアルバとマリンが眠りについた頃、リッドは二人を起こさぬように宿を抜け出し、明朝三人で訪れる予定になっていたミリオネア宅、その一室、アクアの部屋に潜入し寝首を掻こうと息を顰めていた。
リッドがアクアの首に刃物を押し当てたかと思えば、しなやかな動きで抜け出し背後を取られていた。
「僕に何の用かな?リッド。」
極めて冷静かつ分かりきっていたかのような口調はリッドの逆鱗に触れた。
「お前を暗殺しろと、ミリオネア様の命だ。」
アクアを嘲笑うかのようにミリオネアは鼻で笑ったが、アクアはやはり冷静だった。
「そうなる事も考えていたよ。
じゃあここも僕には危険か、残念。」
乾き切った軽薄な口調でそう言いながら、アクアは家の外に出た。
すぐさまアクアを追いかけたリッドは、間髪入れずに襲い掛かる。
「俺と同じフェアウェル出身の貰われ子が!たまたま運がよかっただけで偉そうにするな!!どうせお前だって、心の底では俺たちを笑っているのだろう!?」
リッドは世に対する不満を全てアクアにぶつけるように、間髪入れず怒鳴りつけた。
同じフェアウェル出身の貰われ子、そのフレーズに何故だかアクアは深く傷ついた。
追い詰められた敵の戯言、そう考えたらなんて事ないことかもしれない、だがただの戯言だとは思えなかった。そう考えれば今まで感じていた違和感も全て説明がつく気がした。
「なんの根拠が!」
喧嘩腰に、アクアはリッドに真実を求めた。
「はっ!俺なんて雑談しながらでも相手にできるってかよ!ずいぶん偉くなったもんじゃねえか!舐めてんじゃねえよ、おら!ちょっと力が抜けてるぜ!!」
一瞬の隙をつくように、リッドはアクアを攻め立て追い詰めようとした。
「弟が俺達と日々やっと生きてる中、お前はぬくぬく贅沢三昧かよっ!ふざけんな!!」
リッドは畳み掛けるように力を強める。
「弟なんて僕にはいない…!! くっ…しまった…」
記憶にないはずの弟という単語に少し動揺したアクア。
リッドの攻撃は心の隙に命中し、アクアは意識を手放した。
「助けに来たよ!リッド!…リッド…?」
「バレたら仕方ないか。」
戦いに狂ったリッドは一切の容赦なく戸惑うマリンに襲いかかった。
「やめろ!リッド…ついに…お前まで明けぬ夜の闇に堕ちたか…」
咄嗟にマリンを突き飛ばし、リッドにつかみかかる。
光を失った虚な瞳の友とは反対に、アルバは夜明けの希望が微かにでも自分の中に残っていた事に気付かされた。
「これではまるで、あの時の逆だな。何度も繰り返しているようだ。」
あれはアルバが夜明けを諦めた時だった。
「リッド!今日は何して遊ぶ?」「アルバ!追いかけっこしよう!」
アルバとリッドは親友だった。
何も知らない無邪気な子供だったアルバは、あの時を境に夜明けを失った…
リッドは生きるのが上手い人間だった。
理由はわからないが、両親がいなかったリッドは、少しでもいい生活をするため、生き抜くために知恵を働かせ続けた。そして同じ年頃の子供たちに比べ幾分も大人びていた。
フェアウェルの地には生活に余裕のある者などいなかったが、情に脆そうな老婆から天使のような笑顔と潤ませた瞳で食糧をせしめたり、どんなに危険そうな仕事でも引き受け、依頼主から依頼料以上の金を盗み出るなど、使える手はなんでも使っていた。
対してアルバはフェアウェルの地では裕福な方の家庭に生まれた。
「あなたは私達の希望よ」
「お前がこの地に夜明けをもたらすんだ」
両親からの耳触りのいい言葉を疑う事もせず育った。
そんなある日、両親の仕事の経営が傾き、アルバには何も言わずに両親は自ら死を選んだ。
「なんで、どうして、俺を置いて!
この地は本当の夜明けが存在しないんだ。俺に、夜明けをもたらす力なんてない…」
浮かんでくるのは両親を責め立てる言葉、深い悲しみばかりだ。俺はこの時初めて、この地の真実と、自分の無力さを痛感した。
その後、俺はリッドに生き方を教わって共に大人になった。
そしてアクアとマリンを拾い、それからマリンのおかげで親しい知り合いが増えた。
ふと、自分の命を救ったマナの顔を思い出す。アルバの心には再び太陽が登り始めていた。
「お前の戦い方の癖は把握している…!」
アルバは素早い動きでリッドを気絶させ、憐れむような悔しそうな瞳でただ見つめた。
「お前が教えてくれたんだろう?こんな世界も悪い事ばかりじゃないって…」
アルバは、自分の口から無意識に出た言葉に、自分がまだ幼少の頃に抱いた夜明けを捨てきれていなかった事にはっとした。
そして、自分の頬が濡れている事に気づいた。涙なんていつぶりに流しただろう。
マリンもアルバの涙を見るのは初めてで動揺していたが、2人はリッドはもう逃げないとなぜか確信していた。
次にアクアが目を覚ました時、視界にはリヴの姿があった。
「リヴ、なんで…僕を助けた?僕はミリオネア様の本当の息子じゃない。ましてやミリオネア様の命令に従わずフェアウェルを守ろうと勝手な行動をした。なのになぜ…」
賛同してくれる人間もいるが、やはりアクアの周りはミリオネアの権力は偉大だった。
「理由も何も、お前は俺の友だろう?」カラッとした事でさも不思議そうにリヴは答えた。
「友…友か、こうして口に出すのは初めてだな。
友を作るなど、僕は考えた事もなかった。」
幼い時から、ミリオネア様の息子として扱われ、年上の者たちに囲まれて育ったアクアにとって、友という関係それは一種の衝撃だった。
「何を言ってるんだ?アクア。お前はとうの昔から、俺の友だったぜ?」
カラッとした口調で豪快に笑うリヴに、アクアの心は晴れていった。
「今までの僕に足りなかったのは、リヴのような勢い、寛大さや人の心を動かす不思議な力みたいだね…」
アクアは思った事を素直に呟いた。
リヴはそんなアクアを不思議そうに見つめ、
「それなら俺は今まで考えてもみなかったから。
エターナルとフェアウェルの人々は何が違うのか、なぜミリオネア様にしたがっていたのか。
失敗作と呼ばれフェアウェルに堕とされたマナや、力を認められエターナルに来たアクア、知れば知るほど違いなんてわからなくなった。」
リヴは、珍しく落ち着いた口調で声音も普段より少し弱い。
「今まで、知ってて、黙っていてくれたのか…
リヴ、僕についてきてくれないか。」
アクアは自分でさえつい最近知ったばかりの事実を、リヴはずっと前から知った上で何もないように接してくれた事に胸が熱くなる。
アクアからお願いをされる事も珍しい上、初めて頭を下げられ、考えるよりも先にリヴは頷いていた。
「アルバはリッドについていてあげて!」そう言ってマリンは一人で歩き出した。
いつも誰かといることが多かったマリンにとって、一人で出歩くのは新鮮な事だった。
好奇心の全てと少しの不安さえも飲み込むように、マリンは胸いっぱいにフェアウェルとは何もかもが違ったエターナルの空気を吸い込む。
誰に聞き込みをしようか辺りを伺っていると、目の前にいた青年が紙を落とすのを見つけた。
「お兄さん、これ落としたよ?」
拾い上げてみるとそれは地図だった。
「わあぁ…!すみません‼︎」
びっくりしたように振り返り、慌てた様子で何度も頭を下げながら、青年は地図を受け取った。
マリンの優しい雰囲気と笑顔に彼もつられて笑顔になる。
「よかった〜。これは、我が家に代々伝わるものなんです!」
「君がキー?僕も、連れて行って。」
マリンが声のする方に目を向けると、あの時俯いて考え込んでいた彼だった。
「っ!アクア様!」
エターナルでは偉い人物なのか、隣の青年は慌てて頭を下げておずおずと質問を口にした。
「恐れながら、アクア様ともあろう方が、僕になんのご用でしょう…?」
体の震えを抑えつつ、上目遣いで顔色を伺っている。
マリンの方はというと不思議とアクア様と呼ばれた彼に恐怖心は抱かなかった。
「怖がらせてしまったのならすまない。
僕はミリオネア様の屋敷を出た。そこでその先の事を考えるために研究員スペクターの元を訪れた。
スペクターからの助言で、キーという青年を探せと言いつかり探していたんだ。」
すまなそうに眉を下げるアクアはなんだか子犬のようで、失礼だと思いながらも二人はかわいいと感じていた。
「はい、僕がキーと申します。
ですが先祖代々の命に従って守ってきた品ばかりなので、この地図と鍵がどんな役に立つのかまでは存じ上げておりません。スペクター様というお名前も初耳でございまして…」
辿々しいところもあったが、しっかりとキーは事情を説明した。
「僕も詳しくは聞いていないんだ。なぜスペクターが君を知っているかもわからない。スペクターの意図も。
ただ、地図に記されている場所に向かえとだけの指示は受けた。
ミリオネア様の息子として知っていたとはいえ、会ったばかりの僕を信用できないのはわかるが、連れて行ってくれないかな?」
アクアの真剣な表情と声に、キーは自然とアクアを信用に値する人物として判断していた。
「アクアみたいな人が、あのミリオネアの息子!?」
アクアの表情が一瞬強張るが、マリンはアクアを馬鹿にしたわけではなくその反対で、アクアという人物を高く評価し純粋にそう感じていた。
「俺はマリン! よろしくね! キー、アクア。」
次の瞬間にはもう、マリンの人懐っこい笑顔と明るい声に自然と二人は心を開いていた。
「わかりました。先祖に確認もしていませんが今の継承者は僕なので! 僕の判断でお連れします!」
キーは聞いても教えてもらえなかった、自分が何を守っているかを知りたい気持ちと、初めて先代に従わない自分の判断で動きたいという思いで二人を案内する事を決め、いたずらっ子のように茶目っ気たっぷりの顔で微笑んだ。
エターナルからフェアウェルの地へ向かう最中、一行は二人組の旅人と出会った。
キーが移籍に向かうまでの地図を広げていると、二人組の背の小さい方が興味津々な様子で声をかけてきた。
「みなさんはどこへ?俺も旅人で、地図を見るとつい気になっちゃうんだ!」
少年の言葉に嘘はないようで、キラキラとした瞳で三人と地図に視線を向けている。
「こーら、警戒させていまうだろ?ファング。」
やれやれというように、彼の連れの青年が服を引っ張りファングと呼ばれた彼を遠ざけようとする。
キーが、アクアとマリンに目配せをして「人が多い方が安心ですし、彼も連れていきませんか…?」と尋ねた。
三人とも初対面だったし、もう一人初対面の相手が増える事に不利益も感じなかったのでアクアとマリンも一緒に行くことに賛成して頷いた。
「よかったら一緒に…」とキーが声をかけると、ファングは言い切る前に「いいの!?ありがとう‼︎」と三人に抱きついた。
普段よりテンションの高いファングを見守っていた青年は、まったく…と頭をかいたが表情は柔らかく「よかったなファング。」と新たな出会いと冒険の訪れを祝福していた。
「サミュエルはどうする?」とファングが振り返るが、
サミュエルは辺りを見回してから、「ファングだけ行っておいで。」と、親のような旅仲間の先輩としてのような様々な感情がこもって表情で優しく送り出した。
遺跡のある場所へ向かうまで、それぞれの自己紹介や経験について話したためかあっという間に感じた。
フェアウェルの地で最も荒れ果てた場所、今誰も寄り付かない、何の息遣いも感じず淀み切った空気が漂う場所に地図に記された遺跡はあった。
「ここです!」地面に不自然に開いた小さな隙間にキーが鍵を差し込むと、ドドドという大きな地鳴りの音がして、入り口が開いた。
真っ暗な闇の中に、キー、アクア、マリン、ファングの順に入り込むと、ガシャンと再び扉は閉まってしまった。
扉が閉まった事にキーを除く三人の間には不安な空気が漂っていた。
恐る恐るファングが扉に触れてみると、バチンと電流が走った。「わぁ!」びっくりしてファングが飛び退くと、キーが心配そうに駆け寄り「説明せず申し訳ございません。この鍵と扉には、鍵の最初の持ち主とその血筋の者にしか触れられない結界が施されているそうで…」
終始反省している様子のキーの手を取り、「大丈夫だ!気にするな! 結界か…」結界と言う単語に探究心が燻られながらファングは立ち上がった。
「先へ進もう!」
アクアとマリンの息がぴったりと重なり、おかしくなって二人は小さく笑い合った。
怪しい影につけられていたとも知らず、四人は遺跡の中へ進んでゆく。
「奴らが入ったのはここか。ええいっ‼︎場所ごと滅ぼせ‼︎」魔力を溜め始め、F2達に指示を出すミリオネア。
魔力を解き放とうとしたその時、1人のF2がミリオネアの動きを止めた。
思わずミリオネアが目を見開くと、悠然と男が歩いてきた。
「誰だ‼︎」と怒鳴りつけられても臆する事はなく前に出る。
「ミリオネア様にお目にかかるのは初めてですね。ただの旅人のサミュエルです。それにしても、このように野蛮な男方だったとは残念です。ああ、ちなみにその人造人間には、自分の感情に素直になりその通りに行動する魔法をかけておきましたがね。」(戦いが始まったら指示を出した者の右から二番目、ベリタスの占い意外と当たるな…)
サミュエルはどこまでもいたずらっぽく挑発的に笑った。
「こやつが感情を持っていた!?」
信じられないと言った表情で魔法をかけたF2に捕らえられている。
そこをさらに神妙な面持ちのリヴが拘束した。
まさかとミリオネアが振り返ると、完全に予想をしていなかった展開に目を白黒させた。
「実の息子として育てたアクアまで、意見に聞く耳も持たず簡単に暗殺しろと命令できるだなんて。お前に従っていたら俺にも命の補償がないも同然だ。
俺は俺の意志で、アクアを信じたいと思った! だからアクアを信じる!」
どこまでもまっすぐなリヴに、ミリオネアはくしゃりと顔を歪めた。
「もうそこまでだ、ミリオネア。」
おやすみ、と小さく唱えてサミュエルは魔法でミリオネアを眠らせた。
さてと一息ついて、「あっちは上手くやってるかな。」と祈るように呟きながらも、サミュエルとリヴの見つめる視線は信頼に満ちていた。
壁一面に見た事もない文字が広がっている。
この中で文学などの知識がある者はアクアとファングしかおらず、キーとマリンは縋るように二人を見つめた。
アクアは申し訳なさそうに「生憎この字は見た事がない。」と項垂れた。
ファングは指で文字をなぞっている。
「古代文字の解読か……おそらく可能だ!
今のフェアウェルの字は定かではないがエターナルの古代文字とルーツは似ているような気がする……」
うーんと唸りながら考え込んでいるファング。
「旅とは、記録とは、どんな物ですか?
今の今までなんなのだかわからなかったものを、ただ守るべきと教え込まれたために疑いもせず、冒険を夢見る事すらしなかった私には皆様がとても輝かしく見えるのです!」
キーからふとこんな疑問が湧いた。
ファングは少し考えて、すぐにこう言った。
「俺が記録をとるのは、俺が生きた証を残すためだ。先人達の残した記録から知識を得るように、俺の得た知識や感情を未来を生きる誰かに繋げたい。
そしてもし、生まれ変わる事があるのだとするならば、今の俺とそれから発展させてくれた人々の記録からまた新しい記録を残したい。俺はそれを繰り返し続ける事ができたらどれほど幸せかわからない。
だから少しでも生きている間にたくさんの地を踏み締めて、記録と記憶に刻んでおきたいんだ!
そのために、俺はサミュエルについて来た!
俺の残した言葉一つ一つが、俺の生きた証になる。」
ファングは誇らしげに自分の生きる意味を語った。
その姿は生命力に溢れていた。
そんな話をしながら作業を進め、ファングは解読を終えた。
「雑なところもあるけど、」
そう言いながら差し出された遺跡内の地図には大まかな道順が書き込まれていた。
所々に仕掛けられたトラップを勘の鋭いマリンが察知し、アクアが魔法による遠距離射撃で狙うと、どのトラップも呆気なく崩れていった。
遺跡の最奥に行く道を塞ぐ重要なものが隠されているであろう扉、頑丈そうなその扉には入り口にあったものと同じ鍵穴があった。
キーは得意げな表情で鞄をあさり、「この鍵です!」と爛々とした瞳で取り出した鍵を掲げて、鍵穴に差し込む。
ガチャリ、ギィと鈍い音を立てて扉が開く。
すると視線の先には同じような道と、何故だか先に入り込んだ一つの人影を見つけた。
人影は、振り返る事なく静かに語り始めた。
「よく辿り着いたね。少し、この星の昔話をしようか…
数百年前、エターナルとフェアウェルは元々一つの星だった。
かつてそこは緑と魔法に溢れていた。ある年、王と妃の間に双子の王子が生まれた。民はその誕生を心から喜び、星はさらなる繁栄を遂げた。
しかし、月日が流れるにつれ双子に変化が現れる。兄は魔力を持たず、弟が魔力を持っていたのだ。
星には魔力での差別はなく、弟も兄を慕い、王族や民も気にもとめていなかったが、その兄は日に日に劣等感を強めていった。
誰にも言わず、密かに研究を重ね、大地から魔力を吸収したのだが、流れ込んできたその膨大な魔力により兄の体はやがて蝕まれ、地は魔力を失い、植物は枯れ果て、その衝撃から地は二つに割れ、フェアウェルとエターナル今の二つの星となった。
地が二つに割れた後、双子の弟は兄の姿がない事に気がつき兄の部屋を訪れた。そこで研究を綴ったノートを発見し、事の真相を悟った。
弟は、その事実を誰にも告げられなかった。
史上最悪の典災、不慮の事故として事が片付けられ兄の遺体はこの遺跡に祀られた。その時王は、遺跡の扉の鍵を弟と側近に託した。その側近の子孫がキーというわけだ。
弟はというと、兄の研究ノートの逆算をし、世界を元通りにするための研究を重ねた。そして生まれたのがマナだ。
僕は自らを実験体にした末、永遠の命を伴い、名を変え、地位を変え、忍んで生きながらえた。
もう…お分かりかね? そう、その弟こそが…」
人影はゆっくりと振り返った。
見覚えのあるその姿は…「スペクター…!!」息を漏らすように、アクアはその名を呼んだ。
スペクターは、こくりと頷いた後こう続けた。
「僕の王位継承後のさらに後、さすがに歳を取らないのを怪しまれ始めた時、生憎僕には子孫がいなかったので次の王を決めかねていた。その時から投票制で決める事にして、それが何代か続いた。
ある時の投票で民に金銭をばら撒き、一時的に莫大な支持を得て王となったのがミリオネアだ。彼が王になってから、知っての通り二つの星の差は開くばかりだった。それどころか、魔力による差別も名前も定着してしまった。
大地の魔力がないからかフェアウェルには魔力を持った子も生まれなくなっていた。
けれどそこに、アクア。君が生まれた。
魔力の気配を感じなかったフェアウェルから、魔力を感じた事に恐れをなしたミリオネアは、幼かった君を誘拐し、敵意を抱かせぬように、大事に、大事に育てたんだ。」
スペクターが話し終わると同時に、アクアは胸を抑えうずくまった。
マリンも胸元が温まるのを感じて、ふと手がペンダントに触れた。
「おそらく、僕達双子の魂と君達双子の魂が共鳴している…」
スペクターは、二人にペンダントを取り出すように指示した。
「僕/俺達が双子!?」アクアとマリンの声がこだまする。
「まだ気づいておりませんでしたか、お二人はとても良く似ていますよ。境遇さえもかつての僕達双子と重なる。」
スペクターは敵か味方かわからない様子で、もう一度ペンダントを取り出すように指示をした。
アクアとマリンがペンダントを取り出し、互いを見つめ合うと、髪型も瞳や髪の色も全てが反転している事に気づいた。
アクアマリンのペンダントはより強い光を放ち、光はやがて一つになってある一箇所に集中した。
「兄上の墓へ…」
スペクターの兄の墓から、共に眠っていた魔力が溢れ出し、周りの空気が暖かく体を包み込み遺跡の外へ吹き抜けてゆ
く。
風を追いかけるように急いで外へ出ると、汚染され曇ってばかりだった空が、高く青く澄み渡っていた。
留守番をさせていたマナとノアの元へ行くと、ノアはマリン達の姿を見つけ安堵の表情を浮かべた後、戸惑いの声を上げた。
「俺、ちゃんとマナの事守った。なのに、急に、なんで、」
マナの体は透き通り、眩い光を放っている。
その表情は悲しくなるほど優しい笑顔だった。
「ありがとうだいすき」その口元は小さくこう動いた。
別れの瞬間を、そこにいた誰もが悟った。
「なんとか、マナを救う方法はないのか!?」最年少のノアは、目の前で起こっている事を受け止めきれず、大粒の涙をぼろぼろと零しながら縋るようにスペクターを揺さぶった。
スペクターはされるがままに苦い表情を浮かべ、
「マナは、本来であればもうとっくにこうなっていたはずでした。しかし種となり吸収できる魔力がこの地に存在しなかったためそれは起こらなかった。
それが今、大地の魔力の供給によって、再び動き出してしまった…」と掠れた声で言い切った。
マナが空へ溶け入るようにして消えていくと同時に、草木は息を吹き返したように鮮やかな緑を取り戻し、温かで優しい雨が大地を潤した。
皆の頬を伝うそれは、己の涙か雨かわからない、けれどマナの涙が同じ気持ちだと伝えているかのように思えた。
「この世界に…マナが命をかけて守る価値なんて…あったのか?」スペクターは自問自答をする様にそう言った。
ノアは酷く傷ついた瞳で皆の顔を見上げている。
「その価値を必ず、僕達で作るんだ。
マナを生き返らせる事は酷な事を言うけどもう不可能…だから…!ならば!僕達がその価値を生み出す事がマナに対してできる唯一の恩返しであり、示すことのできる…感謝の形だ…」アクアの声がフェアウェルの地に力強く轟き、エターナルまで届きそうなほど空気を震わせた。
無言のまま立ち去ろうとするスペクターを咄嗟にマリンは呼び止めた。
「待ってよ、スペクター…!いや…君は亡霊なんかじゃない‼︎」
呼び止められた男はぴたりと止まり、ハッと顔をあげた後また目を泳がせている。救いを求め彷徨うように。
「親しくなった者は、どうしたって僕より先に死んでしまう。その別れが辛くて人と関わる事に一線を引くようになった。それなのに今、君達と一緒にいたくてたまらないんだ…もう一度、僕が手にしても良いのか?大切だと思う存在を。
怖い、君達との別れが、取り残された時の自分が。わかっていてもいずれ出会いを後悔してしまったら、君達に申し訳なさすぎる…」
感情全てが、堰を切ったように溢れ出して止まる事を知らなかった。
「マナのためにも、生きて。僕達だけの知識じゃ及ばないところばかりだから教えてよ。君の見た世界を。」
アクアは静かに、優しく道を示すような、心の底で燃える炎を含んだ声だった。
「後悔なんてさせないくらい、今を輝かせてみせるよ!」とマリンは、確かに見え始めた希望を照らすように宣言する。
「逞しく優しい子に育ちましたね、お二人共。」
「…?」「っ…あぁ!もしかして、宝石を買い戻してくれた人!?」双子は正反対のリアクションを示した。
マリンはアクアに二人が無事生まれてこれた理由を簡単に説明した。母が自分達を産んですぐ亡くなった事も。
「愛する人の形見、面影さえも失ってしまうというのはとても辛い物です。
いつまで経ってもそばに行く事のできない私はそれを強く感じた。
単なる気まぐれから救った命がこんな風に繋がるとは…長生きも、悪い物ではなかったかもしれませんね。
あなた達が生まれて成長しそして私は救われた。いつかの別れを考え悩むより、長すぎる人生で得た知識で、思う存分今の人々のお役に立てるように尽くします。」
一人の男はひざまづき、顔をあげると決意の証に新たな名が欲しいと頼み込んだ。
相談した後、「"ネオ"」と静かに名を告げた。
それはまるで魔法のように男の胸にすとんと落ちた。
「ネオ、良い名ですね…ありがとう。」と嗚咽混じりには感謝を述べる。
「これから、どうするの?アクア…ううん、アクア兄。俺は、これからどうすれば…」
自分がどうすればいいか、自分がどうしたいのか、マリンは掴みかけていたが、その確証をアクアに求めていた。不意に自分がアクアの弟だという意識を思っていた以上に持っていた事に気づく。
「本当はもう、マリンもわかってるでしょ?
僕の義父…もとい、ミリオネア様が罪を償うため地位を手放すだろう。そうなった時、エターナル民の批判がなければ僕には父の跡を継ぐ権利がある。もっとも、反対があったとしても父と僕は違う。必ず納得させてみせる。」
マリンの不安を包み込むように、アクアはしっかりとした口調で決意を語る。
ミリオネアを義父と初めて呼んだ事により、まだ心の奥に眠る彼に対する情や未練を引き離すように、また反対にマリンと呼んだ響きは、少しくすぐったいくらいに暖かく優しい。あぁ、僕にとってマリンはもうすでに大切な弟になっていたんだと気づく。
「この星にはなんの制度も残ってはいないし、俺には権威もないけれど、頑張ってみるよ!マナに恥じないように、みんなを笑顔にできるように!」
アクアの大きな優しさで全てが受け止めるような、それでいて力強く背中を押すような、表情に声に奮い立たせられるようにしてそう宣言した。その瞳にもう迷いはない。
「うん。できるよ、マリン。僕達で豊かだった一つの星を取り戻そう。」
マリンの吸い込まれそうなほど真っ直ぐな瞳に、アクアは未来を見た。
ミリオネアがエターナルの刑務所の牢に連れられる刹那、アクアは思わず彼を呼び止めた。
「ミリオネア様…っ…お父さん!」
ミリオネアは、はっと目を見開いてアクアを見つめた後顔を逸らし自嘲気味に笑った。
その様子にアクアは、切ないような困ったような笑顔を浮かべた。その笑顔は今にも泣き出しそうな幼い子供のような不安定さを伴っていた。
「お父さん…!お父さんが、僕を育てた事にどんな理由があったとしても、少なからずあなたからの愛情は本物と呼べるものもあったはずです。そうですよね…?」
表情とは裏腹に、ミリオネアを呼ぶ声は今まで聞いた事がないほど力強く、最後の問いは震えていた。
ミリオネアの答えを待つ事なく、さまざまな思いを振り切るようにしてアクアは堰を切ったように感情をぶつけた。
「おとうさん、あなたに育ててもらった事に感謝はしています!
あなたのおかげで、僕は魔力の使い方や知識を得る事ができた。
ただ、ミリオネア、あなたがあの星にした事は許される事ではない。
だから…あなたはしっかりとそこで罪を償って、僕と弟のマリン、大切な仲間達が作り出した世界を見て驚いてください。
そして今度は、あなたの知識や力を、人を傷つけるためではなく助けるために使ってください。」
じっと真剣な眼差しでミリオネアを見つめるアクア、
「はい…」とだけ、か細い事で答えるミリオネアの頬には、一筋の涙が伝っていた。
「その時はまた、お父さんと呼ばせてくださいね…」
警察に連行され、小さくなってゆく背中に、アクアは呟いた。
「リッド…!」マリンが泣きそうになるのを堪えながら、震える声でなんとか名前を紡いだ。
マリンの肩を抱いて背をさすった後、アルバは照れ臭そうに微笑んで本音を打ち明けた。
「リッド、俺、本当はお前と一緒ならどこでもよかったよ。永遠の楽園でも、朽ち果てた地の明けない夜でも、そばにいてくれればそれだけで…」
リッドは動揺したまま勢いよく顔を上げて、アルバを見つめたかと思えばすぐにまた目を逸らした。
「アルバ…俺、本当は、昔からお前の事利用してたんだぞ…?」
憐れむような自嘲するような、とても苦しそうな声でリッドはそう言った。
「それでも俺は、リッドの事を親友だと思ってる…」
アルバは幼い頃のように明るくリッドに微笑みかけた。
思ってる…その一文字の違いが、リッドには何より暖かく、どんな言葉よりも自分の罪を重くのし掛からせた。
「俺に夜明けの力がないと知ってから、俺に生き方を教えてくれたのは紛れもないお前だ。
苦労もたくさんあったが、今となれば裕福だった時よりずっと必死で、生きるという実感があったように思える。
そういう意味では、俺もお前を利用した。お互い様という事で。」
表情一つ変えず冷静に述べているようだが、耳の先と頬が少し赤らんでいた。
リッドはフッと微笑み、「食糧を恵んでもらってた礼のつもりだったが、お前がお互い様だと言うならまぁいい。
最後に一つ、アルバに夜明けの力はあるよ。」
下を向いていて最後の言葉の表情は見えなかったが、連行される最中、思いの全てを込めてそう言った。
「リッド!だったら、また会った時、お前に本当の夜明けを見せてやる‼︎
そして、俺にとってのリッドはずっと、天使の顔した悪魔で悪魔の顔した天使だよ。
必ず、ここで待っててやるから、きっと戻ってこい‼︎」
皮肉を込めた愛情も彼らの絆を結び直して、再会への願いを親友の背に叫んだ。
言葉の代わりに、リッドは後ろで組まれた手を小さく振った。それをアルバは見逃す事なく、「約束だぞ!」と大きく手を振りかえした。
ネオは、早急に今までの資料をあさり、マナを作った時と同じようにF2にデータの上書きを試みた。
マナは膨大な魔力を注ぎ込んだ以外は、相手の行動や言動を自ら記憶していく奇跡から生まれた。
反対にF2は全て行動がプログラムされており、言動も記録によるものしかなかった。
なぜその中の一体に心が芽生え始めたのだかはわからない、プログラムからの解放がうまくいくとも限らない、ただもう後悔はしたくなかった。
「F2、その芽生え始めた心を解き放つように、さまざまな音がそれを豊かに育み、そこから生まれた新たな音が、また人の心を動かすように、"ムジカ"この名を授けます。」
全ての武器を取り払い、戦う宿命から解放する。
呪文のように、1人としての名を呼びながら、プログラムに食らいつく。
再起動、恐れながら最後のボタンを押した時、再び彼は目を開けた。
「ここハ…ワタシは…」まだ朧げな部分もあるが、動きも滑らかなように見えた。
「君の名はムジカ、この世界に生きる1人の人間だよ。」
生まれたての我が子を見つめ、愛おしむように頭を撫でた。
「私は、ムジカ。この世界が、私の生きる世界…」
ムジカは、無垢な瞳に初めて世界を写した。
「色と音で溢れている。なんて美しいんだ。」
全てを知り尽くすなんて到底できないほど広い世界に、ムジカはそっと踏み出し、大地を踏み締めた。
数ヶ月後…
「アクア〜!マリン〜!みんなぁ〜!
ついにお披露目だねっ"マナ・ホープボンズ"のシンボル、救いの像!!」
あちこちの人々に手を振りながら勢いよく、先に像に来ていた2人の元に駆け寄って来るノア。
「サミュエル、ファングも来てくれたんだね」マリンを通じて徐々にたくさんの人々と友情を築いて行ったアクアは少しはしゃいだ声でそう言った。
「よかったな!アクア!」王となったアクアを、側近として友として見守るリヴも嬉しそうだ。
「こんなにも歴史的な瞬間に立ち会えるなんて!」目を輝かせているファング
「来ないはずがないだろ?」とウィンクを一つするサミュエル
その後ろに、キーの姿もあった。
「役目を終えてから、お二人と共に旅にお供して自分探しをしているんです!」
興奮気味に語るその表情は晴れやかだった。
「ノア、しっかりマリンのお付きをできているか?」すっかりお兄ちゃんぶったファングはノアの頭を撫でながら尋ねる。
「うんっ!」元気よく返事をし、同意を求めるようにマリンを横目で見つめる。
「もちろんだよ!ノア!」にこにことマリンは頷いた。
アルバやネオ、星の人々が側近に名乗り出る中、マリンが側近に選んだのは年下の友人であり弟のような存在、星を救ったマナの兄、ノアだった。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。」
「改めましてご挨拶をさせていただきます。エターナルの王、アクアです。」
「マナ・ホープボンズの王、マリンです。」
今やすっかり王が板についた二人が、像を覆う布の両端を持っているアクアとマリンが目配せをして微笑みあう。前を見ると懐かしい面々や、見違えるように笑顔の人々が、その瞬間を今か今かと待ち侘びていた。
三、二、一、とカウントダウン。「ゼロ」と声が重なり幕が上がる。
お披露目した瞬間、一時の静寂の後、わぁっと歓声が上がった。
「マナにそっくりだ!」ノアが一番に歓喜の声を上げた。
その声に導かれるようにして、割れんばかりの拍手が彼方まで響いた。
優しく人々の髪を撫でるそよ風は、マナがずっと見守っていると微笑んでいるようだった。
風はそっとネオの涙を拭ってまた次の人の元へ流れて行った。
「マナの像を囲ってお祝いにみんなで歌って踊ろうよ!楽しく心を通わして結びつけよう!!」
「数年後、そう遠くない未来には橋も繋いで、二つの国を再び一つに繋ぐんだ!!」
誇り高く高らかで、どこまでも清らかな声が天高く広がる。
マナを中心にしてアクアとマリンの周りに人々が集まり始めると、ムジカはその様子をただ見つめていたネオの手を引いた。
アクアとマリンの歌声は、希望にあふれて未来を明るく照らすように透き通り、脆い心や悲しみの過去さえも包み込むような優しい音色だった。
二人から始まった歌と楽しげな様子に釣られ、その場の人々は一つになった。
生まれも身分も性別も関係なく歌い踊り、全ての人々が親しげに話に花を咲かせ、マナの像のお披露目は盛況のまま、いつのまにか夜明けを迎えていた。
最後までお読みいただきありがとうございますm(_ _)m
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役 演 所属
アクア 綴 奏 five Pointed star
マリン 綴 響 five Pointed star
サミュエル 星野 燈里 five Pointed star
ファング 壮牙・パレット pallet
ベリタス 雫 tears
ノア 神葉 瑠花 cats♪
マナ 五十風 海 cats♪
アルバ ルーク・ミイルズpallet
リッド 一条 翔太 five Pointed star
ミリオネア 若月 優 cats♪
F2(ムジカ)白雪 律 five Pointed star
スペクター(ネオ)サシャ・ランハート pallet
リヴ 夜桜 天音 pallet
キー 晴 tears