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8:25 大学構内に入る

 トールが通う大学は、小さな田舎町の郊外、住宅地のど真ん中にある。


 裏門から一歩入るだけでがらりと変わった光景に再び、しかし今度は遠慮がちにきょろきょろと辺りを見回したサシャに、トールは再び大笑いを心の奥底に押し込んだ。


「ここが『大学』のキャンパス」


 まだ人影も車影もまばらな構内道路の真ん中を歩きながら、小さな声で説明する。


「日本やアメリカだと、大学の講義室や研究室が一カ所にまとまっているのが普通なんだ」


 確か、サシャの世界では、ヨーロッパの古い大学のように、街中に教授の屋敷や講義室が散らばっていた。授業を受けるために街中を移動していたサシャの、蒼白い頬を思い出す。トールの世界のように大学機能が一カ所にまとまっていた方が、様々な先生の講義や演習に参加したり、友達に出会ったりするには便利かもしれない。1限の教養の授業が行われる講義室が入っている、やたらと高さが目立つ建物の方へと向かいながら、トールは何度も、横にいるサシャを確かめた。


「……」


 そのトールを、サシャが見上げる。


 おそらく、サシャの世界には無い、四角四辺の巨大で階数も多い、硝子窓の建物の構造を知りたいのだろう。好奇心が見える紅い瞳に、トールは小さく頷いた。とりあえず、1限の授業に間に合うよう、準備をしなければ。


「まず、トイレな」


 講義室がある建物に入るやいなや、青色が目立つ小部屋にサシャを連れて行く。男子でも女子でもないサシャを男子トイレに連れて行くのはどうなのかと内心思ったが、男性であるトールが女子トイレに入るわけにはいかない。


「ここ滑らせたら閂みたいに鍵掛かるから、普通に座って用を足して、紙で拭いて、レバーを押すだけ」


 幸いなことに誰もいなかったトイレの、奥にある個室で一通りの説明をする。トールを見上げたサシャは神妙な顔で頷き、無言のままトイレの個室に入った。


〈大丈夫、か〉


 小用をたしながら、何度も、個室の方を確かめる。


 水を流す音の後に出てきたサシャの、血の気が少しだけ戻った頬に、トールはほっと息を吐いた。


「じゃ、手を洗って」


「……」


 手を差し入れるだけで自動で水が出てくる洗面所に目を丸くしたサシャに頷いてから、トールも手を洗う。


 次、は。男子トイレを出、エレベーターホールの端にある自動販売機の前で足を止めたトールは、肩からディパックを下ろし、ディパックの中から小さな財布を取り出した。自分の飲み物は、父が朝用意してくれた水筒がある。だがサシャの分は無い。この蒸し暑い日本をやり過ごすには、水分が必要だろう。


「……」


 好奇心に満ちたサシャの視線を感じながら、コインを自動販売機に入れる。


「……っ!」


 ペットボトルが落ちてくる大音声に驚き、トールの服の裾を掴んだサシャに、トールは大爆笑をどうにか堪えた。


「これ、サシャの」


 自動販売機から取り出した麦茶のペットボトルを、サシャに差し出す。


「冷たいから、手拭い巻いてから鞄に入れて」


「分かった」


 サシャが持ち歩いている肩掛け鞄は、無地でシンプルだが、トールの世界の大学キャンパスの中にあっても違和感は無い。手拭いに包んだペットボトル麦茶を大切に肩掛け鞄にしまうサシャを、上から下まで確かめる。髪が白いことと、背が低いこと以外、サシャは、この場所にいても違和感が無い。


「暑いから、上着、脱いだ方が良くないか」


「うん」


 何故だろう。思わず、首を傾げる。サシャも、サシャの世界では『学生』だからだろうか? トールの言葉に頷き、鞄を肩に掛けたまま器用に上着を脱いで丸めるサシャに、トールは無意識に頷いていた。

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