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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無能が有能を殺したら

作者: 野良鰭樹

無能が有能を殺したら


登場人物

伊藤(26)工場作業員。夢破れて中途採用で正社員になる。間抜け。ぐず。

後藤(27)新卒で入ってもうすぐ十年目になるベテラン。どこか抜けている伊藤をいびる。

大野(65)定年を迎えてそのまま同じ会社にバイトとして雇われた。声がでかい。

岡田(19)新卒。冷静沈着。

上本(50)少し前まで事務所で働いていた。仕事がデキる男。株やギャンブルが趣味。

班長(47)工場を仕切る中間管理職。


 舞台は工場の詰所。

 伊藤と後藤のやりとりは周りに聞こえない。伊藤の混濁した記憶を描くため、時間経過は曖昧である。


伊藤「プレス機が動かなくなった、と嘘をついた。俺は後藤先輩に精一杯の笑顔で、直してくださいと頼んだ。」

後藤「こいつの笑顔はいつも気持ちの悪い笑顔だった。プレス機の定期点検は俺の担当だ。今朝のチェックシートにはいつものように異常なしに丸をつけている。手抜き点検で工程に遅れが出るのは癪なので、俺はしぶしぶ修理を引き受けてやった。(伊藤に)壊しやがって。電源切れ」

伊藤「そう吐き捨てて先輩はプレス機の天板を覗きこむように身を乗り出した。いまだ! 俺はすぐにプレス機の電源を入れ、起動ボタンを押した」


後藤の断末魔。


伊藤「やった! やったぞ! 先輩は路上のカエルのようにぺしゃんこだ。見ろ、口から泡吹いて、けけ、殺した、殺した」

後藤「人殺し。人間のゴミ。俺は死んだ。この伊藤とかいうキモメガネクソインキャに殺されたんだ」

伊藤「え? ......何、後藤さん、死んだんじゃないんすか」

後藤「死んだよ。てめえのせいでな」

伊藤「なんで喋れるんすか」

後藤「今まで人を殺したことない奴はわかんなくて当然だろな。人殺しはな、死ぬまで殺した人間が見えるんだよ」

伊藤「は、まじか? 嘘つけ。お前、先輩じゃねえ他人だろ」

後藤「そう思いたいだけだろ。ちゃんと俺の顔を見てみろ。お前が殺した俺の顔をよ」

伊藤「畜生、もう顔を見ずに済むと思ったのに、俺は一生あんたの顔を見なきゃいけねぇのかよ」

後藤「つか俺、お前に殺されるようなこと何もしてねぇんだけど。マジで何のつもりだよ」

伊藤「ないわけねぇだろ。俺が元お笑い芸人なこと散々いじりやがって。今はウィルスが流行ってっから仕方なーく養成学校辞めて仕方なーくこの工場に入って仕方なーく好きでもない仕事やってるのに! 俺がここにいる理由は全部仕方なーくの話なんだ! それをてめぇ、無能だなんだと騒ぎたてやがって。いるだけでありがたいと思えよ? 俺は芸人としてこのまま軌道に乗っていたらそこそこ稼げてたはずなんだ! こんなキツいだけの工場で作業してないし、なんならもっと有名になってるはずだったんだからな。既存の価値に捉われない、特別な人間なんだからな、俺は。もっと丁重に扱うべきだったな。ざーんねーん、はい、ざーんねーん」

後藤「は? 車の免許も持ってねぇくせに誉めろって方が難しいだろ。大体話してんの聞いてりゃ全部おめえの問題じゃねえか。勝手に俺のせいにして俺にぶつけてくんじゃねえ。仕事ができねえくせして一丁前に社員面して自分可愛いして、挙句人殺すもんな。ホントくそ迷惑だわ。五百回死ね」

伊藤「うるせえなあ、もう! マジでうるさい。こいつの声なんか二度と聞きたくなかったのに。一生このまま罵り合いを続けるのかよ。こんなことなら殺すんじゃなかった」


 岡田が書類を持って現る


岡田「何か言いました?」

伊藤「え、おう。なんでもない。」

岡田「これ、始末書です。書いといてください」

伊藤「ああ、わかった。書いとく」

岡田「......プレス機、本当に壊れてました?」

伊藤「え? ああ、うん」

岡田「後藤さんが入る直前まで止まってたんですよね?」

伊藤「止まってた、止まってた。んで急に動きだした」

岡田「……そうですか」

伊藤「何? なんかあった?」

岡田「いや機械の方は特にまずいこともなかったんですよ。ボタンの押し間違いとかあったんなら、そうかなって」

伊藤「駄目なとこがなかった? えー……」

岡田「別に伊藤さんのせいだとか言いたいわけじゃないです。他に変わったことがあったか、思い出せません? 電源入ったままにしてたんでしたよね?」

伊藤「まあ、それは、そう」

岡田「わかりました。また何か思い出したら言ってください」

 

 岡田、ハケる


後藤「嘘吐け」

伊藤「うるさい」

後藤「ああ? さっきからどういう口の利き方だ? 殺すぞ」

伊藤「殺せるもんならころしてみろよ。殺せるなら」

後藤「大体なんだよ。即戦力だから中途採用されたんだろ。俺と同い年のくせして何も出来ないとか。新人だからって甘い顔してたら調子こきやがって。嫌なら早く辞めちまえばいいのに。さっさとクビになれよ」

伊藤「あんたがいなくなりゃ、この職場も悪くないんだよ。あんたさえいなくなりゃ」

後藤「自己中が。ホントどうかしてる」


 気づけば大野と上本が座っている。


大野「何を考え込んでるんですか?」

伊藤「いやいや何も」

大野「こんなこと、考えても始まらない! この仕事は危険だし、こうやって一歩間違えれば死人も出る。私もほれ、指ないけどあそこで潰したんです。それがー、えーと、十年目の時かなー」

伊藤「そりゃまたなんで? 故障ですか?」

大野「いや友達と喋っててよそ見してたんです。忘れもしません! その日の競艇で4000円勝ちましてですね、まあ、浮かれてたわけですよ。人間、何が原因で不注意になるかわかりません。後藤くんも何か悩みとかあって目の前の仕事に集中出来なかったんでしょう」

上本「(スマホを凝視しつつ)まぁアイツに限って言えばそうはおもえんけどな。仕事とプライベートのけじめはしっかりつけてたし。あー、400円損かー。惜しかった」

大野「でも上さん、うちで死亡事故って言うのはー、いつぶりかなー、ほれあの、岐阜の現場で起こった人身事故」

上本「あれも随分前か。それも下請けの話だし」

大野「そうだなー、こんなことあんまりうちではなかったなー。……大丈夫ですか? 気分悪そうですよ」

伊藤「いや全然そんなことないですよ。ただ、その」

大野「何? 言わないとわからない」

伊藤「おれがもっとちゃんとしてれば良かったなって」

大野「……ああ……」

上本「……まあ、そうだろな。今更だけど。でも今になって、誰が何を言っても今更だから。後で言うのは誰でもできる。簡単だから」

大野「いかんな! 考えてもそこにたどり着くだけだな! 伊藤くん、今週の日曜行きますか、山」

伊藤「山? 山って……」

大野「あなたの家の近くに高山っていう山があるんです。私はここ数年週末になったら登ってるんですけど、あなたもどうですか?」

伊藤「あー……いいですね」

上本「嫌なら無理しなくていいよ」

大野「でも、この子、ほっといていいんですか。ある日突然、自殺でもしたらどうするんですか!」

上本「そんなことするわけない。好きにさせたほうがいいでしょ」

大野「伊藤くん、まあそんなわけだから好きにしていいけど、山には来て。私待ってますからね!」


 大野と上本、ヘルメットをかぶってハケる。


後藤「周りが優しくてよかったな」

伊藤「……はい」

後藤「あんな優しい人ら裏切って嘘吐き続けるんだな。信じられんな」

伊藤「今更、俺のせいでしたって言えないでしょ」

後藤「言えよ。言え。で、それから全員に謝れ。それで実家に戻れ。親にも兄弟にも謝れ。警察にもちゃんと話すんだ」

伊藤「ここまで来たんだ。これからも隠し通し続けるから。俺だって普通に生きていけるから。もう平気だから。だって後藤さんとかいう人はもういないから」

後藤「……そうだな。じゃ、後は頼んだ」

伊藤「え、どこ行くんすか? 何? え? ……いないんですか? 後藤さん」


 班長、入ってくる


班長「伊藤、なにぶつぶつ喋ってるの?」

伊藤「あ、班長さん、すいません、疲れてんのかな。えっと、何か、用事、ありましたっけ」

班長「お前、俺に何か喋っておきたいことない?」

伊藤「喋っておきたいこと? ……いや、とくに」

班長「一応、業者に機械見てもらったんだよ。異常はないってさ。あの日後藤と喋った感じ、代わり映えなかったわ。岡田から話聞いてても特別何かあったわけじゃないし、お前が間違ってプレス機使うとかあったのかな、って」

伊藤「……間違い、はなかったです」

班長「ホント?」

伊藤「はい」

班長「そうか」

伊藤「はい」

班長「お前以外のみんなで話し合ったんだけどな。悪いけど、お前、クビにするわ」

伊藤「はい。……え?」

班長「いや、あらぬ疑いかけられながらここで仕事しつづけられるか? 人殺しとか思われながら周りと一緒に仕事できるか? 出来ないだろ、普通」

伊藤「はい。普通、そうですね」

班長「仕事って一人じゃできないからさ。ちゃんと仕事する相手が必要だからな。お互い信頼できないと成り立たないんだよ。お前もいつ殺しをするかわからん奴と一緒に仕事したいか?」

伊藤「嫌、ですね」

班長「まあ、そういうことだから。こんな時勢だけど、頑張って仕事見つけろよ。俺もなんかいい就職先あったら教える」

伊藤「はい」

班長「お疲れー」

伊藤「お疲れ様です」

伊藤「班長」

班長「ん?」

伊藤「やりました」

班長「何が?」

伊藤「俺、後藤さん、入ってからプレス機、動かしました」

班長「冗談?」

伊藤「ホントです」


 班長、伊藤の腕を引き、詰所の外へ。

 首根っこ掴んでプレス機に伊藤の頭を入れる。

 プレス機が動く。伊藤の頭が潰れる。


 場面変わって山上。ベンチに腰掛ける伊藤、大野、後藤の三人。通常あり得ないが、あり得たはずだった場面。暑さと疲れで息を切らして休憩している。


大野「どう? 結構しんどいでしょ?」

後藤「ホントだよ……よくこんなの毎週登ってられますね」

大野「毎週どころか、毎日登ってる人もいますよ。定年迎えて暇なんでしょうね。私も暇になるんだろうなぁ」

後藤「大野さん、俺が死んでもぴんぴんしてそうで怖いわ、ホント」

大野「あれ? 後藤くん、君、水は?」

後藤「忘れてきたわ。ごめん、伊藤ちょっと飲ませてくれない?」

伊藤「俺のでよければ」

 

 伊藤、後藤にお茶を注ぐ。


後藤「(景色を見て)天気良くて良かったわ」

大野「なぁ、も、ホントに」

伊藤「綺麗っすね」

後藤「伊藤はいつから車校行くの?」

伊藤「三月からです」

後藤「おう。気張っていけよ」

伊藤「はい」

大野「頼みますよ。伊藤くんには早く役に立ってもらわないといけませんからね」

伊藤「すみません、早く役に立ちます」

後藤「じき慣れるから」

伊藤「頑張ります」

大野「さて行きますか」

後藤「え? ここで降りるんじゃないんすか?」

大野「何を言ってるんですか。こっからですよ。まだ後一時間登りますからね」

後藤「うわー、騙された」


三人、歩き出す

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