04.
「遅くまで頑張るね」
遅い時間まで病院で勉強をするユアンの前に座り、彼女にそっとココアを出した
「当たり前じゃない。私は絶対に医者になるのよ?
見ててよ。今は町一番の医者はユウだなんて言われてるけど、すぐ追い抜いちゃうんだ
から」
「おいおい、それじゃ何かい?ユアンは私の唯一の名声を取りあげる気なのかい?」
ユアンは少しフフフと笑いながら
「大丈夫よ。それで廃業したとしても、あたしの助手をさしてあげるわ」
冗談で彼女は言っているのだろうが
実際、そうなるかも知れないな。と、思った
他と比べるのは良くない事ではあるが
私の知る中でユアンほどの努力をできる者を知らない
ユアンは本当によく頑張っている
今、彼女の目指している帝都の大学に受かれば
冗談も現実になるだろう
間違いない
そもそも、医者にはなるには帝都大認可されている病院で修行をして一人前になるもので
かく言う私も、そうだったのだが
ユアンみたいに安くない学費を払い大学で医療を学んでから医者になるものは少なかった
それこそ、紛争地帯の軍医や帝都のような都市の病院で働くエリートだけだった
小さな町の町医者になるのには少々もったいない話でもある
確かにこの町も
落石により毎年、重傷を負う者が後を絶たないし
ユアンが帝都で最新の医療を学んできてくれれば
この町にとって心強いことになる
更に今迄救えなかった患者の命も救えるかものかもしれない
しかし
「ユアンなら、もっと大きな町で、もっと沢山の人を救えるかもしれないね」
ふと、思ったことを言っていた
特に理由があったわけではない
心からユアンなら素晴らしい医者になって、多くの人を救うだろうと思って口に出していた
しかし、ユアンは鼻から大きく息を吸うと
「あたしはねぇ、この町で医者になるって決めてるのよっ」
少し語尾を強めながらユアンはキッと私に言い放った
この時
なぜ、彼女が不機嫌になるのか解らなかったし
なぜそこまで、帝都で学ぶ事にこだわるのかは不思議であった
「この町で、私は一番の医者になるんだからっ」
私が口を開くより先に続けて彼女が言い放った
なるほど
決意の目をしていることだけは解った
きっと、不機嫌になるのは
毎度のように同じことを言う私を鬱陶しく思ったのだろう
親心は理解されないというのは世の常らしい
やっと開いた口ではあったが
何も言うまいと思い
私は空いた二つのコップを持って席を離れた
この時、私の開いた口から
疑問の一つでも投げかけていれば彼女の真意に気づいていたのかもしれない
しかし、私はついぞ
彼女の夢は立派な医者になり多くの人を救うことだと思い込んでいた
実際、ユアンは医療の知識に関して
贔屓目無しに優秀だった
この田舎町の
腰をかけて毎日同じ診断を繰り返すだけの向上心の無い医者よりは
遥かに知識はあると思う
だから、彼女は早く医療現場に慣らすべきだと思いもするが
彼女の考えを無碍にするのも野暮である
今、彼女は大きな目標に向かって努力をしているのだ
道を間違わない限り
できるだけ彼女のしたいようにさせてあげよう
彼女の努力を見れば道を間違うなどあるはずがない
そうなんだ
医者になる為に努力出来る人間が道を誤ることなどありえはしないのだ
きっとユアンなら
帝都の大学にも難なく入れるだろう
しかし、ユアンは自分で学費を納める気でいるが
借金したとしても
成人前の女性が稼ぐには中々厳しい額ではある
ユアン自身は社会経験が乏しいので簡単に考えているが
お金を稼ぎながらでは学業に専念できないだろう
ユアンが大学に受かった際は私がお金の面倒を見よう
なんだかんだで、私には照れながも甘えてくれる子だ
きっと、この申し出を受け入れてくれるだろう
先の話ではあるが、
ユアンが大学に受かった後のことを考えると、自然に笑みが溢れた
やはり、妹の力になれると言うことは嬉しいものである
きっと、私は頼れるお兄ちゃんでいたいのである
ユアンの笑顔を見れるのなら学費を払うぐらい高い出費ではないだろう
ふふっ
それに町一番の医者になるユアンのことだ
恩を着せといても良いのだろう
そう
この時の私は
彼女の将来を考えることが
私には一番の楽しみであり幸せだったのだ
この日の事は未だに夢に見る
なんて事のない日常だった
きっと何気ない会話で彼女の真意に気づけるはずなのに
気づいていれば
彼女の人生と私の人生は
素晴らしく輝かしいものになっていたはずだ
だが、そうはならなかった
彼女の決意の目の奥にある「怒り」の炎をなぜ見逃したのだろう
だが、あの時の私には
人の為に
人に尽くす為に
人を救う為に医者になった私にはきっと気づけないのだろう
彼女が医者を目指した理由など・・・
自分の為に医者を目指していた彼女の理由など気づくはずがないのだ・・・