03
私の話をしよう
他人の話を聞くという行為は、人によっては詰まらないことだろうとは思うが
きっと君にも関係ある話だから聞いていて損はないと思う
これは私がなぜ、地獄に自ら落ちたのかという問いの答えになると思う
私の名はユウ
唯の「ユウ」だ
何かを成したとか
何かを成した親がいるというわけではない
だから、ただの「ユウ」だ
私は以前小さな町の医者をしていた
町の名前はグシュラン・ヴェルノ・フィンと言って
帝都から近く、といっても
商人の往来が激しいという訳でもなく
どこにでもある山に囲まれた田舎の町だった
周りにある山は険しい山で
山を切り開き道を整地する事も進んではいなかった
道は馬車が通れる程度ではあったが
切り立った山から落石が多く
道がそれにより通れなくなるという事も少なくなかった
それが旅人に敬遠される起因になっていた
閉鎖されている町だからなのか
自分達の住む町以外の情勢に疎いのに
たえず隣人には聞き耳を立てているし
身内の結束は堅いが
他者には好奇の目に晒すし冷たい
悪い町では無いが
窮屈というか生きにくいような田舎町であった
田舎と言えば少しのどかのように聞こえるが
田舎根性というのは
どこか排他的で
しかし、華やかな世界に対し強い憧れと嫉妬という相反するものが同居する
一種の息苦しさを感じさせるものである
私はそんな田舎の町医者だった
「ユウ!」
不意に病院の扉がバンっと大きな音を立て開いた
「たっ・・・大変!
て、手首を・・・ハァ
刃物で切ってしまって、たた大量に出てる・・ハァ
出血して・・・いるよっ」
勢いよく開いた扉から
手首を押さえながら40~50代くらいの男性と
助手のユアンが慌てて入ってきた
手首に巻いた大量の布は真っ赤に染まり
血を吸い込み切れずない血は床に滴っている
なりを見るからに大工であろうか
真っ赤に染まっているが作業着を着ている
腰には何かの道具をぶら下げている
「ユアン!新しい布を治療室へ持ってきてくれ」
慌てふためくユアンに簡単な指示を出した後
こちらです。と声を掛け男性を奥の治療室へ連れていく
どうやら切り場所が悪かったらしく大量に血は出てはいるが
男性の意識は問題ないし、受け答えもはっきりしてる
息遣いは荒いが
少し自分の血に動揺しているだけだろう
まあ、これほどの血が噴けば誰でも不安になる
成人した男性とはいえ免疫がある訳ではないのだから
私は男性をなだめながら、巻いてある布を外し患部を見た
「よかったですね。切り傷は深くないですよ。
これなら、後遺症も残らず、すぐ治りますよ」
男性は大きく息を吸い
よかったと言わんばかりに
はぁ と息を吐いた
実際、患部をじっくり診なくてはならにのだが
病院に入ってきてから今までを観察して
大体の幹部の予測は立てていた
なので、この男性の不安をまず、取り除くことが先決だと思った
男性の口元がわずかに緩んでいる
少し余裕ができたという事は
やはり、自分の血にまいっていただけだったのだろう
こういう時の男性は助かる
体面を気にして、パニックになりにくい
要は痛くてもカッコつけるわけだ
まあ、気が動転してしまっていると
自分でどこが痛いのか分からないし
視覚情報だけで痛がり出してしまうからやっかいである
今の男性を例にすれば
服についた大量の血を見て
傷もついてないのに、体に痛みを感じてしまうのである
だが、
あまりバカにもできない事だ
冷静さを保たなければ
それこそ治療が遅れるし
命に係わる事にもなる
その点、少しユアンは冷静さを失いやすいところがある
女性だからという訳では無いのだが
血には中々慣れないみたいだ
男性の治療が終わった後
ユアンは床についてしまった血痕を拭き取っていた
本来なら、治療中にユアンは手が空いていたはずだから
その時にでもしておけばいいのだろうが
やはり少し動転していたのだろうか
男性の治療が終わってからユアンは忙しそううに
雑用をこなしていた
忙しなく動く様は
ユアン自身が何かを失敗したというわけでは無いのだが
自分の対応の悪さに少し恥じて落ち込んでいるようであった
「ユアン
お茶を入れたから少し休もうか」
ユアンは子犬のように名前を呼ばれてすぐに駆け寄って来た
きっと声を掛けて欲しかったのだろう
磨き過ぎてきれいになった床は彼女の嬉しそうな姿を映している
彼女を少し甘やかしすぎなのかもしれないが
ユアンは医者を目指し昼夜問わず勉学に勤しんでいる
それに、空いた時間を見つけては私の病院へ手伝いに来る
目標は高いし努力も惜しまず立派な女性である
世間が彼女に冷たい分、私が少しくらい甘やかしても良いだろう
そもそも助手とは言うけれど
お手伝いみたいなもので、主な理由としては
ユアン自身が医者になる為の勉強といったところであろうか
それに彼女に甘いのは私の性分みたいのもので今更どうしようもない
彼女に厳しく接すると言うのが
私にはどうも難しいのだ
元々ユアンとは幼なじみで
まあ、幼なじみというよりも妹というのに近いだろうか
年も8つ離れている
幼い頃にユアンの両親は亡くなっているのだが
ユアンの父親というのが端的言えばロクデナシというものだった
酒に溺れ、大量の借金を作り
挙句には金を貸したくれた者を問答の末に殺して逃げてこの町までやってきた
最期は半狂乱の末、止める妻と己に刃物を突き立て死んでしまった
当時13歳だった私には壮絶な事件だったと鮮明に記憶している
後にも先にも
こんな田舎町には起こらない事件だった
悲惨であったのが残されたユアンだった
そもそも両親が身元の知らない旅人だったので、血縁の者に引き取ってもらう事も
所縁の者を探すこともできなかった
結局は町の教会へ孤児として預けられたのだが
町の住人としては関わりたく無いと言うのが本音だったと思う
しかし、旅人で人殺しの娘という珍しさがあったのも事実で
周りから好奇の目を向けられ見るに耐えないものがだった
多分、始めは同情だったのかもしれないが
教会近くに住んでいた私は、いつも1人でいるユアンを見て、教会までユアンに会いにいくようなった
信心深い身であった為に教会とは馴染みがあり
私はユアンの面倒を見ることにも何の抵抗もなかった
ユアン自身は幼いながらに居心地の悪さを感じ、腫れ物として扱われていることを理解していたようで
血の繋がりや何の関係も無かったが私にすぐ懐いた
いや、私にしか懐かなかった
今にして思えば
頼るものが私しかいなかったのだろう
それは本能で生きる為の行動とも言えるかもしれない
だが兄弟のいない私には、この幼い子がひどく哀れでいて、それでいて愛おしく思えた
教会に足繁げなく通うようになったのもそのせいだったのだろう
なぜか、ユアンの寂しそうな姿を見るたびに
私が面倒見なければいけないという責任感を感じずにはいられなかった
実際、ユアンは生い立ちを恨んでいるようで
誰にも心を開いていなかった
彼女が物心ついてからは他人と自分の距離を自ずとあけているようだった
だから、私が医者になった後に
自分もこの町の医者になると言われた時は嬉しかったものだ
ユアンもこの町を愛するようになったんだと
自分の目標を見つけられたんだと
心から神に感謝したものだ
神様ありがとうございます
彼女の努力が報われる
幸多い人生がこれから訪れますように・・・
そう願ったものだ