01.プロローグ
私は月夜に飛ぶ蛾ならよかった
蛾ならば、暗闇の中でも迷わないであなたを導けるのだから
私は蝉ならよかった
蝉ならば、大声であなたに気持ちを伝えるこたができるのだから
私は螳螂ならよかった
螳螂なら、目の前の恐怖に臆せず立ち向かう勇気があるのだから
私は雀蜂ならよかった
雀蜂なら、あなたを守る一本の槍になれるのだから
私は美しく舞う蝶でなくてもいい
私以外の何ものでもいい
カゲロウの様に儚い命でも構わない
働きアリの様に自分の為に生きられなくても構わない
神様がいるのなら聞いて欲しい
心から願うから聞いて欲しい
私の下らない人生は虫ケラほどでもいいから
虫ケラほどでもいいから・・・
虫ほケラどでも・・・意味を与えてほしい
ああ
私は月になれるのなら良かった
月ならば、暗闇の中突き進むあなたの足下を照らせるのだから
私は雲になれるのなら良かった
雲ならば、あたたを強い日差しから守れるのだから
私は降り注ぐ雨粒になれるのなら良かった
雨粒なら、あなたの汚れた体を洗い流してあげられるのだから
私は靴になれるのなら良かった
靴ならば、あなたと同じ歩幅と速さで逃げていけるのだから
私は・・・
本当は人に戻りたかった・・・
人に戻れば全て叶うのに・・・
全て…そう、全て
あなたと一緒に逃げる事も
あなたと一緒に戦う事も
そうね
そんなんじゃなくて
何気ない話を
あなたにするだけでもよかった
昨日見た夢の話、明日する夢の話
今考えているあなたの話
本当はね
あなたを少しツネったり
いたずらしてみたいの
そして眠るあなたの頬に手を触れて
照れながらあなたに言うの
「おきた?」って
逆でもいいのよ?
あなたが私をおこして
「悪い夢だよ」と優しく囁いて
人でなくても
きっと春に咲く美しい花なら
あなたのそばにいてもはずかしくなかったかな?
真夏に昇る輝く太陽なら
あなたと一緒にいる自信になったかな?
秋の風が運ぶ自然の香りなら
あなたは心から微笑んでくれたのかな?
真冬の冬眠する熊なら
あなたとの夢をずっと見ていられたのかな?
何ものでもいい
私は今
私以外のなにかになりたかった
きっと、そうすれば、あなたに迷惑なんてかけないのに
差し伸べてくれるあなたの優しい手
あなただけが
肉の腐り落ちた醜い私の手を握ってくれる
そんなあなたの羽毛のような体温が好きだ
体温の失われた冷たい私の手を
優しく包むから
あなたの私にかけてくれる流れ星のような言葉が好きだ
全て失くした私に優しく降り注いでくれるから
ああ、なぜあなたは
こんなにも醜い私の手を握ってくれるのだろう
なぜこんなにも醜い私と一緒にいてくれるのだろう
ああ
私は死んでしまった
死んでなお
魂だけこの肉体に
腐り落ちていくだけの何の意味も持たない肉体に縛られ続けている
私が人ならざる物になってしまったのは
きっと人である事を怠ったからだ
人は生まれながらにして「人」ではないのだろう
形は人であれ、人である事を学ばなければ獣と一緒なのだろう
人は人であろうとして
初めて「人」になる
ああ・・・
私は愚かにも、人である努力なんてしてこなかった
他を見下し
自分を神に近しい存在だと勘違いをしていた
きっと、これは神罰だ
朽ちていく肉体に縛られ続ける報いなんて
きっと、神様の御怒りとしか考えられない
この世に存在する森羅万象全てのモノより
私は綺麗だった
宝石に囲まれ
毎日、使用人に囲まれ贅沢な食事をしてきた
何も労せずに美貌を手に入れ
何も労せずに権力を手に入れた
毎日毎日
何も労せずに綺麗な水を浴びた
自分の体を伝わりしたたる水が大好きだった
ただ、美しく
そこには喧騒たる世界と絢爛たる私が切り離され
唯一無二だと思わせてくれるには十分だった
滴、一滴一滴が私を讃頌し
頭を垂れているかのようだった
世界が私の美貌を羨む
いや、神すらも私の美貌を羨むかもしれない
人が!街が!国が!私の美貌を称えた
美しいと
不世出の美女だと
ねえ?
美しいものを美しいと思うことは、いけない事だったのかな?
神が私たちを創ったのだとしたら
神の創った美しい私を
褒め称えてて何がいけなかったのかな?
幼い頃
善い事をすれば天国に・・・
悪い事をすれば地獄に行くと教えられた
地獄に落ちれば罪を償うまで
何度
肉体が死んでしまっても
魂は地獄に隷属され続けると
父は言った
努力は必ず報われると
だから勉強しなさいと・・・
母は言った
健全な魂は
健全な肉体に宿ると
だから
好き嫌いなどしないでたべなさいと
先生は言った
この世には善と悪が在ると
因果という物があって
善い事をすれば
善い報いを受け
悪い事をすれば
悪い報いを受けると
親しい者がこの世を去る時
前世と来世の係わりについて知った
病気にかかった友人が
今苦しいのは
前世の行いの所為だと嘆いていた
・・・・
もし、私が神を冒涜する咎人だとしたら
なぜ、私を神様は創られたの?
因果という物が本当にあるのだとしたら
報いという物が本当にあるのだとしたら
なぜ
あなたは私を救おうとしてくれるの?
なぜ
あたなは私の手を握ってくれるの?
神罰を受ける私と一緒に逃げたら
優しいあなたも咎人になってしまうんじゃないの?
止まっているはずの心臓が
あなたを思うとズキズキ痛む
ああ
心はまだ、腐らずにあるのだろうか
ああ
このまま
消えることが出来るのなら幸せなのに
ああ
神様
どうか
わたしを消して欲しい
どうか
殺しきって欲しい
本当に来世というものがあるのなら
来世で報いを受けます
だから
今、一緒に逃げている「彼」を見逃してください
どうか「彼」の優しさを罪にしないでください
どうか死にきらしてください
どうか・・・
死にきれない私にとっては
「死」こそが正しい
ああ
この世で一番
「死」こそが美しい