神への狂信を横目で見ながら
神々への狂信に染まった人間たちは神の国へ至る階段が降りてきたと思うのだろうか。
それはただ、魔力の矢に貫かれて死んだだけに過ぎないというのに。
再信審判という名の選定が終わり、選ばれた人間は神の国をうたう無限輪廻の箱庭へと送られる。
まさに出荷だ、とリグラヴェーダはそう思った。ひよこの雄雌の分別だってもう少し丁寧だろう。合格の印をつけられたものが無造作に無慈悲に『出荷』されていく。
鷲掴みにして片っ端から乱暴に袋に詰めていくような、そんな死が目の前で繰り広げられている。
はい合格。じゃぁ一番頭からいくねと言わんばかりにライカが、その真横にいたからと大老が。そうして順番に手を付けられていった。
雲よりはるか頭上から降り注ぐ光の柱。人間は神の国へ至る階段だと認知したあれは、神々が魔力を束ねたもの。向こう100年の雨を集めて一瞬で叩き落としたような、そんな濃密な魔力を落としたのだ。落下した魔力はそれだけで衝撃波を起こし、すべてをなぎ倒す。その後拡散した魔力は本来の役目を果たす。すなわち、魔法の発露だ。
炎が巻き起こる灼熱の真横に絶対零度の極寒の世界が舞い降りる。温度差で発生した雲が雷を起こす。風は吹き荒れて大地は隆起し、水は毒へと変じる。草木は根を下ろして何もかも苗床とする。かつて世界を襲った"大崩壊"がこの局所で再演されるのだ。
そうして破壊を振るい、すべてを壊してなお余る魔力が大地を再生させる。熱が温め、氷で冷まし、雷電で耕して。爽やかな風が吹き渡る穏やかな大地には清らかな水が流れて美しい草花が芽吹く。更地となった土地に残った人々が住み着き、そうしてまた、100年後を待つ。
それが再信審判の第三者視点だ。人間たちの主観では、狂おしいくらいに切望する願いが叶う尊い瞬間だと思うのだろうが。
さて、とリグラヴェーダは空から視線を下ろした。
葬送のための見送りは十分。あとは自分の始末をしなくてはならない。
氷の民は、その長い一生に一度、『運命の人』を見つけ出す。
そして『運命の人』に出会った時、選択が訪れる。誓いによって『運命の人』と添い遂げて短い生を生きるか、それとも儀式によって『運命の人』を切り捨て永遠を生きるか。
リグラヴェーダにとっての『運命の人』はライカであった。だからリグラヴェーダは選ばなければならなかった。しかしどちらも選ばぬまま、再信審判は終わり、ライカは神の国へ送られてしまった。
選ばぬままずるずると引き伸ばし、そしてついに『運命の人』が死んだ場合。待っているのは未選択の掟破りへの懲罰。
からん、と鐘が鳴った。
しめやかに迫る同胞をリグラヴェーダはただ、愛するライカの痕跡さえ奪われた無人の都市で待つ。逃げはしない。逃げられはしないので。
「……言い残すことは?」
「ありませんよ、至姉」
掟破りの罪人は潔く死のう。魂は転生せず深淵に呑まれて消滅するが、それで構わなかった。
『運命の人』の願いに沿って全力を賭し、その成就を見送れたのだから。『運命の人』を見つけた氷の民にとって最も幸福な瞬間を味わえた。胸にあるのは恐怖でなく満足感だ。
「では至姉、どうぞこの身を深淵に送ってくださいな」
「えぇ。…………残念だわ」
「そうでしょうか?」
にこりと心の底から笑う。直後、リグラヴェーダの姿は消失した。最期の瞬間すら映さない消滅。
本からページを破り取って燃やしてしまうのでもない、ページの文字をインクで塗り潰すでもない、完全なる消滅。黒鉛で描いた線をパンで拭い取って消すことに近いかもしれない。黒鉛で描いた線だって押し当てた筆先の痕跡は残るだろうに。リグラヴェーダの消滅はそれも残さない。
今もう、掟破りを捌いた氷の民たちの記憶から彼女のことは抜け落ちている。ここに立っているということは誰かしら掟破りがいて、それが消滅したのだろうという状況推測しかない。先程まで会話を交わしていた人物ですら、会話内容ごとその存在を忘れている。
からん、と鐘が鳴った。あとはもう何も残らない。ヒトも、何も。歴史という記録のみが積み重ねられる。これもまた記録のひとつに過ぎない。第三者視点では何ら特筆することのない、文章にすればただ一行で終わるだろう記録。当事者にとっては百万語を尽くしても終わらない記憶。
そうして永遠に繰り返される。裏切りを受けた神々の絶望が晴れるまで、何度も。舞台を移して、永遠に。狂信に染まる終末世界で。無限輪廻の箱庭で。
ではまた、100年後。




