ホロロギウム暦870年1の月1日
日はめぐり、ついに『その時』が訪れる。
ホロロギウム暦869年100の月28日から、870年1の月1日へ。
時計の針が12を超えて、ゼロを告げる。
開始の歓声。轟音を伴って光の柱が夜空を貫く。空から地へ。神の国から人間の世へ。
――再信審判の始まりである。
「……ついに……」
ついに再信審判が始まった。開始を告げる光の柱を見、恐怖とも畏怖とも歓喜とも武者震いともわからない感情が湧く。
この胸に湧き上がるものはなんだろう。記憶を掘り返してもっとも近かったものは、姉さんを義兄さんのもとに嫁がせた後、両親が私を振り返って目が合った瞬間だった。
やっと『見てもらえた』。一言で表現するならそうなる。
不信の時代から再信の時代へ。ようやく、神々は私たち人間を顧みてくれた。その注目がたまらなく嬉しくて、どうしようもなく喜ばしい。迷子の子がさまよい歩いた末にやっと親を見つけたような。
始まる。始まる。始まった。
あぁ神々よ。私は、あなたのもとへ。
***
轟音。光の柱。それは数十年前に見たものと何一つ変わらない。
あの時は幼さを理由に参戦を拒否された。蒙昧な大人たちが右往左往するさまを見て、どうして自分に任せてくれないのかと歯噛みしたものだ。任せてくれたのなら水のように湧き上がる計略で障害を押し流し、岩を穿つように神の国へ至る道を拓いたものを。
その悔しさを執着として生きながらえ、大老と呼ばれるほどに長く生きた。
『次』の再信審判まで絶対に死ぬものかと歯を食いしばって生きたかいがあったというもの。
そして今。やっと『次』がめぐってきた。
今度こそ、この永久凍土の地でも凍らぬ頭脳で苦難を乗り切ろう。
あぁ神々よ。ワシは、あなたがたの元へ。
***
風が歌う。衝撃音を届けた風が金色の光を伴って吹き抜けた。
「ツイニ来タワネ!」
「アァ、ヤット還レル!!」
風に乗った金色の光が喜びの声をあげる。それを聞き送り、夜空を貫く光の柱を眺める。
"大崩壊"により人間に裏切られた神々は弱った力で新たな世界を創造した。それが神の国だ。神の国は塔の形状をしているという。弱っていた神々は塔とそれを支えるわずかな大地しか創造することがかなわず、再信の時を経て少しずつ力を取り戻して塔を建て増している。
建て増して領域が増えるごとに世界から人間を呼び招く。その選定を再信審判という。
あの光の柱は神の国に建つ塔の影だ。影というよりは輪郭か。影絵のように投影された輪郭が浮かび上がっているのだ。
そう教えてくれた金色の光は喜びながら風と踊る。この金色の光の正体は神の眷属の眷属のそのまた眷属の、と積み上げた末端の精霊たちだ。精霊たちは空を渡って人間より一足先に神の国への道を渡っていくのだろう。
「アナタモオイデ!」
頬のすぐ横を通った金色の光が誘ってくる。
あぁそうだな、と返事をすれば、無邪気に横をすり抜けていく。
自分もあの場所へ行くのだ。
魔法がありふれたものである神の国では、自分の力などかわいいものなのだそう。自分よりもずっと上手に魔法を操り、武具を扱う人間などごまんといるそうだ。
なら、この世界では異端だった自分の力は神の国で報われる。規格外と称された力は子供の悪戯以下に格下げされて、大したものではなくなる。
そこでようやく、初めて自分から『規格外』の枷が取れる。
無名の男として再スタートが切れるだろう。だから自分は神の国へ行かねばならない。
あぁ神々よ。俺は、あんたらの元へ。
***
人間の世界から神の国へ。第一検査場から第二検査場へ。道が拓いた。
風が歌う。大地が喜ぶ。水が波立つ。火が奮う。雷は駆け、氷は羨み、樹は自らを解き放つ。
世界の深淵以外がわななく。その震えを肌で感じ、目を伏せた。
皆が喜んでいる。虚偽の希望と知らずに。
終わったと思うだろう。変わると思うだろう。報われたと思うだろう。意味はあったと思うだろう。価値があると思うだろう。
でもそれは裏切られるのだ。何も終わらないのだと。何も変わらないのだと。何も報われないのだと。何も意味はないのだと。何も価値はないのだと。
希望が裏切られる絶望を迎える人間たちを悼もう。でなければ一体誰が憐憫を垂らすというのだ。
あなた達の希望と絶望を見送ろう。あなた達の無限輪廻を見逃そう。あなた達の全身全霊を見届けよう。
あぁ人間よ。どうか、ご存分に。




