審判を前にして、鐘
「ユーグ様、本当にあの裏切り者と同盟を組むのですか?」
本日の朝議会が始まって開口一番に飛び出したのはそんな言葉だった。
あぁ、とユーグは発言した議員を見る。そうだが何か、と言いたげに頷いた。
「あのような裏切り者、さっさと潰してしまえばよいのに」
「カンパネラ議員。仮にももう同盟相手です。口はほどほどに」
やれやれ。同盟相手に口が過ぎる。これをあちらが聞いたら何を言われても文句は言えない。この発言は議員個人のものではなく"コーラカル"のものとして発信されてしまうのだから。
発言したのは議会の中でも大きな発言力を持つ議員だった。
首領であるユーグに直接ものが言えるほどの強力な発言力を持つ彼は"ニウィス・ルイナ"のことになると血相を変えて排除を叫ぶ。
まったく。仮にも血の繋がった娘が筆頭のクランであるのに。
「潰せと言いますが、それはあなたの私情では?」
「それは」
「それに、もう同盟を組んだのです。今潰してしまっては同盟の意味がない」
議会の承認を得て組み立てた計略がある。同盟を組み、利用し、大勢が決まったところで裏切って後ろから刺してしまう。主軸はそんな内容だ。
ユーグが提案したその計略込みの同盟は議会の承認を得て、"ニウィス・ルイナ"と締結された。
「しかしユーグ様。その同盟は……」
この作戦は相手が自分たちと同程度の規模であるなら有効である。そこを曲げ、"ニウィス・ルイナ"を標的とした。
そこが怪しいのだと議員が主張する。すぐに潰せるような小規模の相手と手を組む意味がわからない。
「その点については議会に挙げる際に説明したはずですが?」
"ニウィス・ルイナ"を矢面に立たせて、自分たちは彼らの支援に徹する。フィニスの地での直接戦闘をあちらにやらせるのだ。
そうすればこちらの戦死者数は減らせるだろう。戦死者が減るということは、再信審判に勝った時、神の国へと行ける人数が損なわれないということだ。争いで損なわれて60パーセントしか行けないよりは"ニウィス・ルイナ"を使い潰して100パーセントの人間が勝利の報奨を得られるほうがよい。より多くの人間が神の国へと行ける。
消費するのは支援に使った物資だけで人は減らない。より多くの民が神の国へ行けることは最高の福祉であると。
その点を主張し、議会の承認を得た。
反対票はカンパネラ議員夫妻の2票だけ。98対2の圧倒的賛成で多数決で決定された。ならばもう少数派に文句は言えないのだ。それが私情によるものならなおさら。
「失礼。……首領の妻として発言の許可を求めます」
「どうぞ。エレナ・リンデロート議員」
「ありがとうございます。……カンパネラ議員。もし反対するのならば不満を叫ぶより説得の努力をすべきではありませんか?」
エレナが口を挟む。両親ではあるが、議会の場においては議員としての立ち振る舞いが優先だ。首領の妻として発言させてもらおう。
反対するのならば、気に入らないと不満を叫ぶよりもきちんと賛成者への説得をすべきだろう。どこが問題で、だから自分はこういう理由で反対していて、そしてどう改善すべきかを説くべき。それが知恵を統べる水神の信徒としての振る舞いであろう。
「代案なくただ反対を叫ぶというのは、あなたが蔑む『裏切り者』と同じでは?」
***
結局反対意見は撤回され、朝議会は解散の手はずとなった。
妻を伴って議会場から首領の執務室へ移ったユーグは、ふぅ、と息を吐いた。
「君には苦労をかけるね」
首領の妻としての立場を優先する発言をさせることになってしまった。両親の意見を切り捨てるなど、子としてつらいものがあったろう。さらには愛する妹への侮辱だ。
色々なものに板挟みにさせてしまっている。どこをどう踏んでも苦痛の針山だ。それなのに、エレナは針山に足を貫かれてもなお笑っている。
その笑顔の下を思うと心苦しい。こんなことを強いてしまうとは夫失格だとさえ思う。
「いいえ。あなたの思いのためですもの」
表情を曇らせるユーグの頬を撫でてエレナは微笑む。
これくらいなんてことはない。神の国へ行けばすべてが報われるのだから現世の苦痛などどうってことはない。
痛む心など切り離してしまえばいい。その分別の術を幼少の頃から獲得しているのだから。
「新婚旅行に連れて行ってくれるんでしょう?」
ハネムーン先が神の国だなんて最高じゃないか。




