審判を前にして、簪
あたしは負けるわけにはいかないのよ。
絶対に神の国へ行くの。神の国へ行ってやるんだから。
ちゃんと、みんなを連れて。あたしはきちんと使命を果たせる『首領』なんだって歴史に刻むために。
父上や母上みたいに死んだりしない。みんなを連れて神の国に行くわ。絶対に神の国に行くのよ。
だって、今回を逃したら次はいつ?
再信審判で勝てば神の国へ。でも、それ以外は死ぬと魂の循環に乗って転生してもう一度。何度も生まれ直して何度も挑戦することになる。どんな無様で無能でも無限に繰り返していればいずれは神の国へ行けるとはいえ、行くなら早いほうがいい。
でも、輪廻転生で生まれ直すタイミングがちょうど再信審判の時期にかぶるとは限らない。次の再信審判は神の暦で10年後、あたしたち人間の暦で76年後。ちょうどその時期に生まれるとは限らない。輪廻転生がうまく噛み合わなくてまた次の転生を待たなくちゃいけないかも。そうやって運悪くタイミングが外れに外れて、次にタイミングが噛み合うのは何十回も転生した数千年後だってありえる。
今こそが、神の国に行ける絶好のタイミングかもしれない。だからやらなきゃいけないの。
これは尊い行為なのよ。首領を継ぐならしっかり覚えておきなさいと父上と母上は言っていた。
あたしはやる。やってみせる。魂を燃やすの。
魂を燃やして何かに打ち込むことは火神への進行を示すこと。不完全燃焼した魂は火神への背信も同然で、志半ばで死んだら不信心者として後ろ指を指される。生前どんなに立派であってもそれは変わらない。
父上と母上は魂を燃やして尽きる前に死んでしまった。再信審判という絶好の魂の燃焼の前に死んでしまったから、父上と母上は不信心者。葬式も首領のものとして最低限の見栄えはあったけど粗末なもの。もう誰も父上と母上の話をしない。するとしたら先代首領としての業績だけ。
あんなふうにはならない。父上と母上のことは大好きよ。でも。あの2人は不信心者だから、足して引いて、親として好きだけど、火神の信徒としては嫌い。
あたしは2人と違ってちゃんと魂を燃やすわ。
ちゃんと、首領としての役割に命を燃やす。絶対に。あたしがみんなを神の国へ連れて行くの。
だから。絶対に負けてられないの。たかが15歳の娘がやれるわけがないと侮る声をひっくり返してやるの。じゃないとあたしだけじゃなくて、あたしに従う人たちがバカにされる。
だめ。そんなこと許さない。あたしだけなら悪く言われたっていい。実力不足なのはわかってるもの。正当な評価だって受け入れられるわ。
でも、あたしに従う人までバカにされたら。何も悪くないのに悪辣な評価をされるだなんてあんまりよ。
だからあたしは、あたしに従う人たちに報いるためにも……やらなきゃいけないのよ。
負けてられないの。これは、あたしの戦いよ。
***
「フィニスの地が起動したわ。再信審判まであと50日よ」
やらなきゃ。50日。あと1ヶ月と半分ちょっと。あっという間に過ぎていくわ。
手抜かりがあっちゃいけない。ちゃんとやらなくちゃ。
「ミル、カク。どう? 他のクランの動向は?」
「一つを除き、特別に奏上するようなことはありませんね」
「あるじゃない、その『一つを除き』ってやつが」
意地悪ね。さっさと報告しなさい。
言えば、カクが報告書をよこしてきた。曰く、"コーラカル"と"ニウィス・ルイナ"が手を組んだんですって。
手を組んでどうするってことは特に報告書に書かれてない。うちの諜報部が無能なのか、それともあっちが何も取り決めてないのか、あたしにはわからないけど。
「手を組むねぇ。そういえば、交易のほうもなんかあったわよね」
「えぇ。我々は骨鯨の脂を卸すだけでいいと」
"ニウィス・ルイナ"にやるのは骨鯨の脂だけ。それ以外の物資の交易は止めていい。あたしたち"簪"のを装って"コーラカル"が物資の交易を担うからとか。
だからあたしたちはすべてのリソースを再信審判に注ぎ込めばいいって。確か内容はそんなところだっけ。
「名前を貸すってのはちょっと不安なところあるわね」
あたしたちの名前で変なもん送ったりしないでしょうね。そこだけが不安だわ。
そんなことすれば即座にこの取り決めのことをあっちに明かして、あたしたちだって被害者だって主張するけど。でもそのゴタゴタに手を取られて再信審判の指揮に支障が出たら困るわ。
"コーラカル"の首領ったら何を考えてるのかしら。
「それと、大事なことだけど……」
「先代首領暗殺犯のことでしたら、まだ報告はありませんよ」
「そう」
命を燃やさず死んでしまった不信心者のことにいつまでもこだわるなってミルは言うけど。
でも、そもそも考えてごらんなさいよ。父上と母上が不信心者って罵られてしまうようになったのはモガリが暗殺したからよ。そうでなきゃここに座っていたのは父上と母上だし、2人はちゃんと再信審判で命を燃やしたわ。
あたしだって不信心者扱いされている2人にいつまでもかかずらってちゃいけないのはわかってる。未熟者の首領が本来の役割をないがしろにして不信心者についてあれこれやってるなんて言われちゃよくないってことくらい。
でも、不信心者ですはいそうですかって切り捨てちゃいけないわ。火神の信徒だもの、落とし前ってやつはちゃんとつけないと。
魂を燃やせず、再信審判にも参加できず、首領としての最低限の体裁しかなかった粗末な葬式で葬られてしまった両親への、あたしなりの弔いなのよ。
「…………絶対に負けないわ」
あたしがちゃんとできたら、父上と母上だって不信心者扱いから逆転するかもしれないじゃない。




