終焉の地、起動
夜明けと同時に、どん、と轟音がした。
「なに……?」
夢の中から叩き起こされてベッドから這い出す。上着を羽織ってバルコニーへと出る。
極北の地では日が沈まないという。この町も白夜ほどではないが夜明けは早い。もうすでに空は白み始めていて、ほのかに明るい。
「ライカ様、南西」
屋根の上にいたナフティスが言葉短く南西を指した。
いったいどこにいるんですかと呆れるより先に指した方角を見る。
白く白く白む空。地平線の彼方に、白い光の柱を見た。
「あれは……?」
「上空、雲の上から、『降って』きたんですよ、あれ」
「降って……?」
ナフティスも動揺しているのかやや言葉が混乱している。
あれは何だ。南西の方角。そこにあるのは、まさか。
「もしかして、フィニスの地……?」
光の柱は消えず、まだ南西の地平線にある。フィニスの地に光が降り注いでいる。
フィニスの地。再信審判。あと何日。答えはひとつだ。
あれは神の国から神々の手が差し伸べられているのだ。ここに来いと言うように。私たち人間に指し示している。神の国への入り口を示して、我々を招いている。
「ライカ様」
とんとん、とノックの音。リグラヴェーダだ。音で飛び起きた私の様子を心配して来てくれたのだろう。
はいと応じて扉を開ける。屋根の上にいたナフティスの姿はもうなかった。
「フィニスの地の起動を確認したので……その、様子を窺いに」
あれはなんだと困惑しているかもしれない。どこで何が起きているのかを教えるためにわざわざリグラヴェーダは訪ねてきてくれたようだ。
その心づかいに感謝しつつ、リグラヴェーダを部屋の中に招く。教えてくれるというのなら是非。教科書でしか知らない知識だ。
「あれは中央大陸……いえ、フィニスの地ですよね?」
「えぇ。再信審判のために起動したのでしょう」
「起動」
起動、と復唱してしまった。
リグラヴェーダ曰く。あの光の柱は私の予想通り、神の国から伸ばされているものだ。
再信審判を経て人間を招くため、神の国から扉が開かれているのだと。明るい部屋から暗い部屋につながるドアを開けると、ドアの隙間から光が漏れて長い帯を作るあれと同じようなものだという。
つまり、神の国の扉が開き、隙間から漏れた光があの光の柱だ。美しく麗しい神々の慈悲の手だ。その手を取るのは我々だ。私たちは神の国へ行かねばならない。
起動とは、再信審判のための準備だという。
あのフィニスの地には"大崩壊"もかくやという濃密な魔力が渦巻いている、というのは以前リグラヴェーダに聞いたとおり。その濃密な魔力は少しの刺激で魔法を発現させてしまう。
「光の柱が刺激になって、今頃あの地では魔法が荒れ狂っているでしょう」
その荒れ狂う魔法がフィニスの地を更地に変える。
つまりどういうことかというと、前回の再信審判の残骸の消去だ。終結点を目指す各クランが築いた野営の痕跡、建てた拠点、敗れてそのままの戦士の死体、諸々。それらを完全に消し去るために魔法で引っ掻き回す。
たとえるならば、果物をミキサーにかけるようなものだという。回転する刃が果物を粉砕して果汁を絞るように、荒れ狂う魔法はすべてを粉砕する。あるいは燃やし、あるいは洗い流し、あるいは風化させ、あるいは土に埋め、あるいは凍らせ、あるいは引き裂いて。
そうして更地になって、ある意味『まっさらな』状態になる。
この光の柱はそのためのものだ。前回の再信審判の残骸の利用ができないようにするための。
その地で私たちは再信審判を争うことになる。神の国へと招かれるために。
あの光の柱があるところ。それが神の国への入り口。そう思うとたまらない気持ちになってきて、思わずまたバルコニーへと飛び出した。
光の柱はまだ南西の地平線にある。あぁ、あれが神の国への入り口。見ていると歓喜に震えてくる。
「神の国は塔の形をしているんでしたっけ」
「……えぇ」
「それならば、あの光の柱はまるで塔のようだと思いませんか?」
神の国の姿を私たちに見せているのではないだろうか。
そう問えば、リグラヴェーダは淡々と、そうですね、と頷いた。
「……リグラヴェーダは神の国へ行けないんでしたっけ」
氷の民の宿命だとかで。
『運命の人』をその手で殺し、魂を取り込んでこの世界で永遠を生きるか。それとも『運命の人』と同じ時間を過ごして生命連鎖で死ぬか。細く長くか、太く短くか、そんな生き方の違いと言っていた。
どちらにしろ、『運命の人』を見つけた氷の民は神の国へ行くことができない。あらゆる真実に通ずる代償としてこの世界に縛り付けられているのだと。
だから神の国の話になるとやたらそっけないのだろうか。
だってリグラヴェーダったら、神の国へ行くことは良いことではないような顔をするんです。
神の国へ行けることはこの上ない幸福なのに。




