最上の愛に狂う
聞いた、聞いた、聞いてしまった!!
火のクランの先代首領、あれの犯人がまだ生きていて、しかもそれが知り合いだったなんて!
どうしようどうしよう! とんでもない秘密を知ってしまった!
お姉さまとお茶をしようと思って、でも最近なんだか仲間はずれにされがちだから、こっそり様子を窺っていたら!
とんでもない秘密を握っちゃった! どうしよう!
こんなこと火のクランに言ったら大変なことになる。お姉さまだって無事じゃないかも。あとの人はどうでもいいけど、お姉さまだけは死守しなきゃ。
お姉さま、どうしましょう。えぇ、えぇ、わかります。私はちゃんと秘密にします。お姉さまの命がかかってるんですもの。
……でも、ちょっとくらい利用するのはいいですよね?
***
「お姉さまぁー!!」
ぱたぱたと走ってくる。この声はアグリネだ。
今日もまた構ってと駆け込んできたのだろう。
「お姉さまお姉さま! 今日こそ一緒にお茶をしましょう!」
「アグリネ。悪いんですが……」
そうしたいのは山々なのだが、いかんせん再信審判が近い。あれこれ手配しないといけないことがあって、そしてそれにアグリネは同席できない。
スパイである可能性を警戒して、政治の話の最中は席を外すように約束している。それはアグリネも同意していて納得はしてくれている。
だけどこうして再信審判の準備であれこれしているとどうしてもアグリネに席を外させる時間のほうが多い。
悪いとは思っているのだ。彼女は一応、雷のクランからのゲストなのだから。賓客をないがしろにするわけにはいかない。しかし私には再信審判の準備がある。板挟みだ。
「えぇ、知ってます。でも今日こそは付き合ってもらいます」
「アグリネ。ですから……」
「いいんですか? ナフティスさんのこと、火のクランにチクりますよ?」
…………どうしてそれを。
そのことは内緒、あ、待て。義兄さんとの対談の時からナフティスへの詰問まで。リグラヴェーダに防音の術をしてもらってない。人払いはしたからと。
「まさか……盗み聞きを?」
「はい! 聞こえちゃったんです」
自信満々に肯定しないでほしい。頭が痛くなってきた。
こら。政の話はノータッチって言いましたよね。約束したのに。彼女も受け入れたはず。だから今までその点に関しては従順だったのに。
「……あなた、それ、どういうことかわかってますか?」
「え?」
アグリネの行為はとんでもなくまずい。それは、スパイと同じ行為だ。秘密を盗み聞きしただなんて。
あとはこれを誰かに報告すれば立派な諜報活動になる。意図しようがしなかろうが、諜報活動をしてしまえばスパイであることが成立してしまう。
そうなれば何されても文句は言えない。間諜を始末するために処刑もありえる。リグラヴェーダは容赦しないだろう。
「悪気はないとはいえ……」
「で、でもお姉さま。私、言いふらすつもりは……」
「なくても、知ったことが問題なんです」
あぁもう。どうしよう。アグリネの口の堅さに賭ける。そんなことはできない。彼女はわりと迂闊だ。その軽率さと迂闊さがたまに嫌になるくらいには。
「わかりました。アグリネ、お茶をしましょうか」
「本当ですか!? お姉さま!」
「ただし、説教付きです」
アグリネが思い描くような、2人きりで女の子の話とはいかない。大老とリグラヴェーダもつけて説教だ。
まったく、とんでもないことをしてくれる。
***
「……まったく……お主は物事の前後を考えんのぅ……」
執務室。話を聞いた大老が頭を抱えた。わかります、その気持ち。
「思ったら即行動。雷の民らしいとは思いますよ」
「えへへ、ありがとうございます」
「皮肉です」
リグラヴェーダにぴしゃりと言い咎められる。
溜息を吐くリグラヴェーダも呆れ顔だ。見えないが、ナフティスもこの話を聞いていて、そして同じような顔をしているのだろう。そう思うとちょっとおかしくなってきた。
「そういう、していいことと悪いことは学ばなかったんかい」
「え? あぁ……何のことです?」
……成程。なんとなくわかった。完全にその概念が抜けているんだ。
迂闊なんじゃなくて、そもそもその概念がない。だからこうも物事の重大さがわからないのだ。
「大老、ひとつ提案があるんですけど、聞いてもらえますか?」
「なんじゃい」
「アグリネを大老の弟子にさせるのはどうでしょう?」
「私をですか? お姉さま?」
「あなたも私の役に立ちたいんでしょう?」
「もちろんです!」
なら、その術を学ぶべきだ。水神の教えには、知識は求める者に平等にとある。
このままでは、アグリネは私の役に立ちたいばかりに迂闊な行為を行ってしまうかもしれない。
その時取り返しがつかないことになったら大変だ。その軽率さと迂闊さがたまに疎ましくなるけれどアグリネ自体は嫌いじゃないんだから。
「大老のもとで正しい作法を学べば、と思うんです。……その、私は教える側は難しいですから」
人生経験豊富な大老に。指導を丸投げしてしまうことになってしまうが。
きちんと弟子入りすることになるなら、雷のクランからの移籍も必要になるだろう。先方からはすでにアグリネについては好きなようにしろと言われているので移籍は簡単はなずだ。
私の提案に大老は肩を竦めた。うぅ、丸投げしているのは自覚しています。無茶なのはわかっています。
「……しょうがないのぅ。アグリネ、お前さんはそれでいいのかの?」
「えぇ! お姉さまの役に立つ一助となるのなら! よろしくお願いします、師匠!!」
「大老でえぇわい」
そんな大層なものでもなし。師匠か先生か訳語はわからないが、そんな呼び名に相当するような立派な人物ではない。そう言って、大老は肩を竦めた。




