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影はあなたに跪く

「だから、手を打ちます」


手を打つ、というよりは行動の順序を変えるというべきか。


火のクランからの承認と引き換えの条件は、先代首領暗殺犯を見つけること。他のクランが見つけてしまった時点で承認は取り消し。

整理すれば条件はただそれだけなのだ。『見つけ次第即引き渡せ』とは言われていない。見つけた、が、それを知らせるタイミングは私が握っている。

だから、私たちにとっていいタイミングでそれを告げればいい。


「ですがファムファタール、あなたの義兄は彼の正体を知っているではありませんか?」

「そうですね。でも、告げ口はないと思っています。


懸念があるとすれば義兄さんが先に告げ口をするかもしれないということ。リグラヴェーダの指摘ももっともだ。

だが義兄さんは告げ口をするつもりはないと言っていた。だからそれを信用する。


「どうしてです?」

「あちらにとっても確証がないということもありますが……義兄さんはこれをもって私を試している、と思うんです」


この、ナフティスという手札を火のクランに対してどう使うか。権謀術数や駆け引きをする私の腕をみるために。どうしてそんなことをするのか。簡単だ。自分のまわりにいる人間がどの程度の才能をどれくらい持っているかを把握するため。ひいては自分が生きるためだ。

それなのに、告げ口をしてしまったら台無しだ。だから言わない。


「あとは単純に、『この場限りの世間話』と言ってましたから」


義兄さんはそういうところは妙に律儀なのだ。

だから言わない。だがもし、私が権謀術数だの駆け引きだのろくにできない人物とわかれば即座に告げ口をするだろう。ナフティスという手札を自分にとってもっとも効果的に使うために。


それに。それにだ。元々私たちは水のクランの人間だ。

『知っていて隠していた』期間ならあちらのほうが長い。どうして黙っていたと怒るなら義兄さんへも怒るべきなのだ。たとえ暗殺犯を取り逃がした云々の秘密を知っていなくても。それらしい人物がいるのだけどまさか取り逃がしたりしてませんよねとか言って。


「えぇ。ですから……火のクランに通報するのは再信審判が始まってからにしようと思うんです」


再信審判が始まればもう承認など駆け引きの材料にはならない。だから、火のクランに通報するのはそれから。

しれっと『調査したらうちにいました』と言えばいい。あちらは激怒するだろうが。


「お前さん、火のクランに喧嘩を売る気か」

「どうせ始まれば火のクランは猛烈な勢いで他クランを倒しに来ますよ」


そこに怒りが加わるだけ。どうせ倒しに来るんだから大して変わりはしないだろう。


「どうして庇うんです? ファムファタール、彼の言うことはまったくの虚偽かもしれないのに」

「それをここで論じても仕方ないでしょう」


ナフティスの心の内側など証明しようがない。いくら口で言おうとも中世の言葉を述べようとも、それは嘘で、ギリギリで裏切るかもしれない。裏切らないかもしれない。

何が真実で虚偽かなんて、氷の神くらいしかわからない。そして私はそれを氷の神に問うことはしない。


「そもそもですよ。風のクランにとって暗殺は正当なことでしょう?」


卑怯なことではなく、風のクランとしての正当な作戦だ。だからナフティスもそれをなした。

その行為は風のクランにとって罪でも何でもない。首領を手にかけたという行為が火のクランにとって罪なだけであって。

それはそれ、これはこれ。切り分けて考えよう。ナフティスは悪いことはしていないのだ。

「それに。言い換えれば私たちは強大な戦力を有しているということになります」


固く固く強固に守られた首領をピンポイントで暗殺せしめるほどの実力者。

これを私たちは擁しているといえる。

つまり私がその気になれば、ナフティスに首領の暗殺を命令し、実行させることもできる。首領たちの喉に刃を突きつけられるのである。

それでもって脅すこともできるのだ。やろうとは思わない。今のところは。


「こやつを信じるか……甘いのぅ」

「信じたいものを信じているんですよ」


甘いのは承知している。信じたいものを信じて、ナフティスの手の上で転がされているだけかもしれない。都合よく利用されているだけかもしれない。

だけど、私は、だからといってそう簡単に切り捨ててしまえるほどナフティスを軽く思っていない。


「それに大老、あなただってナフティスを信じたいでしょう?」


やたら刺々しく聞くのは私の心を試したいから。

知っている。大老はそういう人だから。この土地に漂着する前、船の上で私の心を試した時のように。あの時の大老はやけに厳しくて驚いたものだ。


「ナフティス、改めて問います。私に忠誠を誓いますね?」

「えぇ。この身、ライカ様のために。神の国へ至るために」


そう言って、ナフティスは深々と額づいた。


「……そう。それならいいんです。共に神の国へ行きましょうね」

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