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氷に住むダレカ

大老のところに戻ると、ちょうどベウラー夫妻率いる斥候部隊が帰還したところだった。


「ずいぶん早いですね。まだ昼を過ぎたばかりだというのに」


朝に東方面の探索を頼んで派遣させたばかりだというのに、もう戻ってきたなんて。

周囲の地形はそれほど起伏がなく、そして天気にも恵まれている。だからといって数時間で行って帰って偵察を完了させられるほど狭くはない大陸のはずだが。


「探索を中断してでも報告しておきたいモンが遠目に見えたんで戻ってきたんですよ」

「報告?」

「ええ。……町です」


曰く。氷河を挟んだ対岸に町があったというのだ。町というよりは遺構だが、遠目で町だと認識できるくらいには建物の影があった。


「森から木を切って家を建てなくても、あそこの建物を修理すりゃ住めるんじゃないかと思って」

「成程。それは早く知っておきたい情報ですね」


建て始めた後で『住めそうな場所が見つかった』なんて聞いたら木こりと大工連中がどんな反応をするか。何を言うかを想像するだけで何とも言えない気持ちになる。


「ではさっそく……」

「だけども町、いや遺跡? いや町か……町でいいか……町には問題があって」

「ふむ?」

「町全体を覆うように魔法障壁があったのさ」


町としての形態が残っているのもその魔法障壁のおかげだろう、とはベウラー夫妻の言である。


「魔法障壁。魔法障壁ですか……」

「間違いなく魔法によるものですな」

「えぇ」


魔法。原初の時代にはありふれ、不信の時代にほとんど失われてしまったものだ。神々が人間に与えたというそれは、"大崩壊"により取り上げられてしまった。再信に伴って多少は復活したものの、今ではほぼおとぎ話の上の存在だ。


その魔法が、この永久凍土の地に存在し、そして過去の遺構を守っている。

なかなか信じがたいことだが、しかし斥候部隊が嘘を言う意味がない。大発見だからこそ探索を中断して戻ってきたのだから。


「おそらくは原初の時代のものじゃろうな」

「大老」

「"大崩壊"から身を守るために張った魔法障壁が現在まで存続しておる。そう考えるのが妥当じゃろう」


こんな永久凍土の地に町の遺構がある理由などそのくらいしかない。

ふむ、と大老が髭を撫でる。


「おそらくは何らかの機構による発動じゃろうな」

「何らかの、とは?」

「知らんわい。じゃが、術者がいるとは考えづらいじゃろ」


まぁ、確かに。原初の時代の終わりである"大崩壊"から今まで。不信の時代を挟んで2000年ほど。そんなに長い間魔法障壁を保ち続けられる人間がいるとは思えない。

亜人の中にはヒトより長い時を生きる種族もいるが、それだって200年を生きれば大長寿だ。その10倍以上の生命を持つなんて信じられない。

しかもただ生きるだけではなく魔法を発動し続けているなんて。いったいどんな規格外なんだか。ありえない。

だから原初の時代に組まれた何らかの機構か術式によるものだろう。魔法の発動に必要な魔力をあらかじめ充填して、それを動力に魔法障壁を展開、維持。信じがたいことだが、神々の加護のある原初の時代のものなら不可能ではないだろう。


「念のため聞きますが、誰かが住んでいる気配は?」

「あるわけないじゃないですか! 静かなもんですよ!」


そりゃ、いるほうが驚きだけど。

思わず素で返しそうになって、指導者の威厳の存在を思い出して心を持ち直す。


「町には近づかず、町以外の場所を探索してください」

「内部の調査とかはいいんで?」

「何があるかわからない以上は近づくべきではないでしょう」


様子見に徹しよう。魔法障壁だけでなく、侵入者を排除する機構が存在し、稼働する可能性だってある。たった30人少々の数少ない人々を危険に晒すリスクはまだ侵すべきじゃない。


「あい。じゃぁ続きに行ってくるかねぇ」

「行ってきます、ライカ様!」

「はい。行ってらっしゃい」


いってらっしゃい。見送って、ふぅと息を吐く。

耳をすませば、森から切り出してきた木の枝を落として加工していく音が聞こえてくる。しっかりとしたログハウスのような家は作れない。できるのは木を支柱にして帆布を張ったテントのようなものがせいぜいだろう。しかしそれでも海上で揺られている船の上よりかはましだろう。


そんなことを考えつつ、足は倉庫へと向かう。

倉庫の物品の管理を一手に担っているメルカトールに確認しておきたいことがある。


「メルカトールさ……メルカトール!」


倉庫の片隅ある小さな物書き台に向かっている壮年の男性に声をかける。左手で算盤を弾き、右手で絶えずペンを走らせるメルカトールは帳簿から顔をあげず応じた。

食事や睡眠より帳簿を書き算盤を叩く時間のほうが多い彼はそういう人柄なので、その失礼については今更だ。そこについては気にするしないの次元をとっくに通り過ぎた。


白髪交じりの頭がこちらを見ることなく、それでも話に応じる気配はあるので話を続ける。


「食料の備蓄はどうですか? 森からの資源の確保などは?」

「ウェナトルが雪中に山菜をいくつか見つけた、と」


雪しかない土地でやっと見つけた一握りの食料、というわけではなく、それなりに群生していたのだそうだ。探し方のコツを掴めばまとまった数が手に入るだろうとはウェナトルの弁。

獣についても問題ないそうだ。まだ習性を掴みきれていないので逃げられてばかりだが、生態を把握しさえすれば狩ることは可能だろうとのこと。


「永久凍土には永久凍土なりの生態系があるということですね」


返事はなし。独り言なのでまぁいい。きちんと恒久的な食料確保ができるという情報が得られればそれで満足だ。

食料よし、家は今建て始めているし、獣が狩れれば毛皮で衣服を作ることができる。衣食住の問題はほぼ解決できたといっていい。

気候も、永久凍土の大陸と聞いていた割には暖かい。それなりに寒いことは確かだが、耐えられる寒さだ。オランジェットバナナで釘が打てるような寒さではない。吐息まで凍るような極寒を想像していたのに。


「雪が」

「はい?」

「大雪の後の気温の上昇は危険」


喋るよりも帳簿の計算のほうが大事と言いたげな、最低限しか言わない言葉遣い。メルカトールの喋り方はいつもこうだから真意を掴み損ねる。

大雪の後の気温の上昇は危険。それはつまり?


真意を問おうとしたその瞬間。


「ライカ様! ライカ様!!」

「北の平原で雪崩が……!!」


音もない災厄が静かに牙を剥いた。

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