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風影、来臨

通信が切れて、沈黙。


「……ナフティスが、か」

「大老はご存知なかったのですか?」

「いや、予想はなくはなかった。じゃが……」


状況などから、初対面の時点で疑いはあった。しかし調べようとすればやんわりと義兄さんから阻止されたそうだ。大事な義妹の身辺調査は自分がやるから任せてくれ、と。個人でやれば邪魔されたこと、そして身辺調査の対象に大老自身が含まれていたことから、大老は手を引いたそうだ。


「あやつが何も言わんのでな、シロだと思ったのじゃが……」


まさかそんな爆弾になっていたとは。大老は苦々しく呟いた。

調査を阻害され手詰まりになっても調べるべきだった。安易に放り捨てた過去の自分を憎む。あまりにも軽率だったと。


「お主への忠誠が本物と判じたのじゃが……誤りだったか」

「大老、それは」


それはあまりにも。今まで護衛されてきたからわかる。あの忠誠心は本物だったと信じたい。

火のクランの先代首領暗殺犯だったからといって、それが全て崩れたわけではないはずだ。


「そうでしょう、ナフティス?」


出てきなさい。命令すれば影が揺れて、ナフティスが現れた。いつものように奇怪な場所から出てくるのではなく、何の面白みもなく天井の影から。ずるりと這い出てきたナフティスは空中で体勢を整えて着地した。


「リグラヴェーダ、ナフティスを逃さないように」

「えぇ。仰せのままに。ファムファタール」


リグラヴェーダが足先で床を3度叩く。室内の空気が一瞬変わった気がした。

何をしたかわからないが、おそらく魔法だろう。ナフティスの武具による転移を無効化するとか。詳しいことは後で聞く。今はナフティスのことだ。


話は聞いていただろう。気まずそうな雰囲気をしている。

聞いてなかったとしても聞いていたという前提で言質を取りにいこう。


「直球で聞きます。ナフティス、あなたは火のクラン先代首領暗殺犯……モガリですか?」

「………………確かに、俺がやりました」


長い沈黙の後、ナフティスはそれを認めた。

話がつながった。ナフティスは火のクラン先代首領暗殺をなして追われ、逃げ延びた。瀕死で闇雲に逃げた先、そこに私がいて、助けた。あぁ時系列はきれいに埋まったじゃないか。


「でも、俺がライカ様に近付いたのはあの時の恩返しです。決して、暗殺目当てじゃない」


風のクランは他のクランの内部に潜入し、要人を暗殺して混乱を引き起こして瓦解させていくことを得意とする。だから私に近付いたのもそのためじゃないか。私が死ねば姉さんも義兄さんも動揺する。政治基盤崩壊に直結はしなくても、その悲しみはいつかなにかの判断を狂わせるかもしれない。その仕込みのために――なんていう懸念をナフティスは否定した。


「はん。口だけならどうとでも言えるわいな」

「大老」


それは、確かにそうだけど。

口でならなんとでも言える。暗殺の仕込みのために近付いたのではないと。ひとの気持ちを立証する方法なんてないんだから。


「ライカ様への忠誠心は嘘じゃない」

「……失礼ですが、その証拠は?」


リグラヴェーダが問う。


「風のクランを脱退してここにいる……それが証拠になるだろ?」


ナフティスの籍は確かに私たち"ニウィス・ルイナ"にある。

もしナフティスが風のクランの一員として、義兄さんや"ニウィス・ルイナ"を動揺させるために私を暗殺しようと近付いたのなら、籍は風のクランにある。脱退は偽装すればいい。

でもクラン移籍の手続きは正式に終わっているから籍は"ニウィス・ルイナ"にある。それは間違いない。移籍の手続きは神の眷属が見届ける神聖なものとされ、偽装は不可能。詳しい仕組みはわからないが、『そう』なっている。


「ライカ様が再信審判を勝つっていうなら。最期までお供しますし、させてください」


それとも。


「俺を火のクランに引き渡しますか?」

「……それは……」


暗殺犯でした、はいそうですか、と引き渡せはしない。そうやって軽く切り捨てられるほどの仲ではない。何年付き合ったと思っている。

引き渡したら間違いなく処刑だ。火のクランに引き渡すということは、私の手で間接的にナフティスを殺すことになる。

それはできない。ふと脳裏に浮かんだのは、雷のクランの首領の言葉。


――そうか。そうすればいい。


そう言って、何もかもあっさりと切り捨てていく情のない言葉。

私は彼に憤慨した。自分にメリットがないから、不要になったから切り捨てていく『合理的』な判断に。


私は、ナフティスが先代首領暗殺犯だからといって切り捨てるのか?

不要だから? 罪人だから? もしかしたら自分が次のターゲットかもしれないから?

ナフティスの忠誠を信用できないから? あらゆることに確固とした証拠がないから?


――否。私は『信頼』でもって神の国へと至る。その信念だけは曲げてはならない。

ナフティスのことは信じたい。信じたいなら……信じよう。その心に従いたい。


だから。


「……手を打ちます」


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