対面、氷の女と水の王
書状に添えられていた武具を起動する。遠隔地に声を届けるための通信用の武具だ。受けるにしろ断るにしろ、これで返事を寄越せと書いてあったのでそれに従って。
幕や壁などの平面にあちらの映像と音を投射する部分と、こちらの様子をあちらに映像として届けるための部分で構成されている銀細工のストラップを置く。それ以外に特別な操作は要らず、これを使おうという意志でもって触れれば勝手に起動する。
特別な才能も何も要らず、遠隔地に音と映像を届けられるのだから武具とは便利なものだなぁと思いつつ、つながった通信の安定を待つ。しばらく不鮮明な映像が続いた後、瞬きのように何度かちらついた映像に義兄さんの姿が映る。
『やぁ。待っていたよ。ライカ』
「お久しぶりです、義兄さ……いえ、ユーグ殿」
『普段通りに呼んでくれて構わないよ。それで、同盟のことだね?』
「はい」
選択肢がない。飲むしかない。なら、飲んでやる。
せっかく同盟を組むのだ。こちらも存分に水のクランの戦力を頼ろう。なに、どうせ大勢が決まったあたりで決裂するのだからそれまで利用すればいいのだ。
「同盟を受け入れます。手を組みましょう、義兄さん」
『あぁ。ライカ。よろしく』
大老とリグラヴェーダと、そして義兄さんと姉さん。他には複数の議会員。彼らの立ち会いのもと、それぞれ同盟の誓いを交わす。後に正式な書状を交わすので今は口約束だけだ。頼りないが、しかし大事な約束でもある。
『……さて、では首領としての仕事が終わったところで、義兄妹として世間話でもどうかな』
「それは……」
『腹の探り合いじゃないよ。警戒しないでくれ。義妹の様子が心配な僕の気持ちも汲んでくれると嬉しい』
出奔してそれきり。風のうわさや姉さんの視察でおおよその様子は掴んでいるけれど。
義兄さんからすれば私の状況はそんな感じなのだ。出奔前の親密さを考えると、やはり不安にもなるだろう。その義兄さんの気持ちは汲みたい。
本当に首領としての政治的な話を抜きで私的な世間話に徹するつもりだろう。義兄さんが立会人の議会員たちを執務室から追い出しているのが見えた。その中には私の両親の姿もあったけれど見なかったことにする。
『ハルツバリの大老もぜひ混ざってくれないだろうか。あなたはライカの育ての親のようなものだし、あの両親よりはずっと『家族』だろう』
「ワシもえぇのか」
『えぇ、ぜひ。……そちらの女性の方は、申し訳ないが……』
「失礼ですが、私も同席させていただいてよいでしょうか?」
『…………まぁ、口を挟まないでもらえれば』
これから家族水入らずの他愛ない世間話をするだけなのだから。和気あいあいとした空気に他人が噛まなければいい。
そんな空気で、義兄さんはリグラヴェーダの同席を許した。仮に許さなかったとしても、通信越しではリグラヴェーダをどうこうすることはできない。武具が周囲の様子を映像として中継する範囲の外に立ってしまえば、本当に離席したのか範囲外に隠れたのか判別がつかないのだから。
ここからは政治的なものはなし。立場は義兄妹の仲くらいでそれ以外は忘れて話してよい。この間にする話は駆け引きには使わないと義兄さんは誠実な態度を見せてくる。
けれどそれは信じてもいいのだろうか。権謀術数に慣れた義兄さんのこと、油断させるつもりなのでは。
警戒する私をよそに、大老が口火を切った。
「本当にお前さんは汚いやつじゃのぅ」
『はは。全盛期のハルツバリ殿ほどではありませんよ。アサン・ヤタンの大裁判に比べれば僕などまだまだ』
「何のことだかのぅ」
わざとらしく口笛を吹く。そういえば大老は若い頃それはもう権力の大鉈を振るうに振るったと聞く。詳細は知らないが、若さを理由に再信審判に携われなかった腹いせだとも、権力の腐敗を浄化するためだとも聞いている。教科書に載せるには少々躊躇するような強引な方法での大改革だったという。
『あれがなければ僕の父は首領を目指せなかったでしょう。その夢は僕が成しましたが』
「話を逸らすでない。ワシが言いたいのは同盟の話じゃ」
『悪役も大変なのですよ、ハルツバリ殿。ライカも覚えておくといい』
「はぁ……」
からからと笑った義兄さんは、なら、と急に笑いを引っ込めた。
『悪役らしく追い打ちを仕掛けましょうか』
「……どういうことじゃ?」
『僕はライカの進退を握っているんですよ』
私の、というより、"ニウィス・ルイナ"の。
言葉を訂正した義兄さんは、悪役らしい悪役の顔で私たちを見た。
『僕は火のクラン先代首領暗殺犯を知っているのさ。……そうだろう、ナフティス?』




