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寄せて返す波のように、事の発端が跳ね返ってくる

再信審判まであと少し。日はどんどん過ぎていく。

再信審判中でも交易を続けていきたいという希望を記した書状は各クランに送った。早いところはすでに了承する返答を送ってきた。雷のクランなどは敵に塩を送って自分から困難を作り、それを乗り越えてやるのだと言い返してきた。


「アマド様はそういうとこありますからねぇ」


自らを窮地に追い込んでそれを乗り越えるようなきらいがある。

雷のクランからの返答を聞いた私たちの中に乱入してきたアグリネは納得するように頷いた。


「こら。政治の話中に入らないでくださいって言ったでしょう」


アグリネの籍はまだ雷のクランにある。疑いたくはないが、避けられる危険は避けなければ。

あらぬ疑いをかけられないためにも政治の話をしている最中は執務室立ち入り禁止を言い渡し、アグリネもそれに了承したはずなのだが。どうして入ってくるのやら。


「だぁってヒマですもん……お姉さまは遊んでくれないし……」

「約束は守ってください。……ほら、出て」

「はぁい」


雷のクランからの漂流者受け入れの件で、大老やナフティス、リグラヴェーダからアグリネへの評価は低い。『個人的に嫌いなだけ』で済んでいるので表面上の態度は変わらないが、これ以上迂闊なことをすれば話は『個人』から『クラン』になってしまう。

クランにとって害あるものと判断したのなら大老は雷のクランに返そうとするだろうし、ナフティスだって物騒な手を打つだろう。薄暗い話だが、『不幸な事故』を起こす手段はたくさんある。


「今度はお茶会しましょうね、お姉さま!」


ひらりと踵を返してアグリネが立ち去っていく。色々と悪気はないのだろうが、本当に迂闊すぎる。

人身御供だなんだとがちがちに緊張していた時とは大違いだ。

ふぅと溜息を吐いているとヘクスが扉をノックした。はいどうぞ、と応じると、ひょこりと頭だけ出した。


「失礼します。書状をお届けにあがりました」

「ありがとうございます」

「いえいえ。では私はこれで。まだやることがありますので」


雷のクランからの漂流者たちはほとんどが栄養失調だった。その栄養失調者たちは回復して、様子を見ながら徐々に街の仕事に従事していっている。

しかし中には、食い詰めたあまりに狂気じみたことをした者もいた。ヘクス曰く『菜食主義者に転身したいのでなければ聞かないほうがいい』内容だ。ほんの表層を聞くだけでもおぞましかったので詳しくは聞けなかった。腕や足を切り落としてどうこう。食い詰めた果ての狂気だ。

ヘクスはその狂気の後遺症で苦しんでいる人たちのケアにあたっている。ひとり、一瞬たりとも目を離せないくらい重度の患者がいるそうだ。


執務室に入る一瞬すら惜しんで書状を渡したヘクスはするりと踵を返す。

それを見送り、書状の宛名に目を落とす。署名はユーグ・コーラカル・リンデロート。


「義兄さん……いえ、水のクランからですね」


ペーパーカッターで封を開けて文面をあらためる。この手の書状にありがちな定形の挨拶文から始まり、内容はこちらから申し出た交易の話に移る。

私が『氷の女』と呼ばれていることと関連付けて、水と氷は親しいものだから助け合うのは理に適うと理由づけて交易の続行を許可する旨が書いてあった。


「ただし…………」


ただし、と続く文面に、私は思わず目を見開いてしまった。

驚いた時によく出してしまう素っ頓狂な声すらあげられず、まさに言葉を失う。


「どうしたんじゃい」

「……『交易はぜひとも続けましょう。ただし、条件があります』……」

「ほう」

「『再信審判をともに戦いましょう』…………同盟の申し入れです」


それは、まさに。私たちが反発して出奔する原因となった策略。

再信審判でのフィニスの地における戦いで手を組もう、とあちらは言ってきたのだ。その後、どうするかをこちらは知っているというのに。それを織り込み済みで申し出てきたのだ。


冗談じゃない。同盟を組み、大勢が決まったところで裏切って後ろから刺すというのが水のクランの策略だったはず。それを私たちに仕掛けてきたのだ。しかも、見抜かれているのを承知の上で。

こちらが断れないからできることだ。交易をするなら地理的に最も近い水のクランが一番。そこの手が切れれば物資の確保に苦労する。他のクランでは輸送に日にちがかかりすぎる。


表向きは氷と水の親しさを強調して。裏ではこちらが断れないのをいいことに。義兄さんなりの慈悲なのか、それともそれを持ち出すまでもなく説得できる自信があるから言わないのか、義兄妹の縁は持ち出してこなかった。


「あぁもうなんて……本当に……」


受けるしかない。どんなに苦々しくても。交易は止められない。

それに、断った時の周囲の反応もある。地理的な近さや義兄妹の縁などから、同盟はまぁ妥当だろうと他のクランは思うだろう。裏切りの算段のことさえ抜けば、"ニウィス・ルイナ"にとって好条件だ。

しかしそこで断ったら。あんないい条件の同盟を断るなんてと非難される。非難くらいならいい。交易に一番最適な相手である水のクランを蹴るんだからウチは要らないよねと交易を打ち切られるかもしれない。交易ならまだしも、それが参加の承認であれば。

蹴ったことはただの小娘の意地に見えるかもしれない。水のクランから出奔した手前、手を組むなどプライドが許さないとして蹴ったのではと思われたら。公益より私情を優先するクランだと評価されたら。


「同盟の裏切りの話を公表してはいかがですか?」

「それはできないんですよ、リグラヴェーダ」


できない、というより、やったとして意味がない。

相手との規模が違いすぎる。発言力や影響力はあちらが上。小さなクランである私たちの発言など意に介されない。ろくな証拠もなく言い出せば、相手を貶めるためのその場限りのでっちあげと片付けられてしまう。

だからこそ、反撃をするならきっちりと場を固めてから。そのための手をナフティスに探してもらっている最中だ。私たちはまだ雌伏の時にある。


「……同盟は受けましょう。大丈夫、後ろから刺されることをわかっているのだからそうそう刺されはしないでしょう」


希望的観測ではあるが。


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