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たとえ不利だとしても勝ち進まなければならないのです

他のクランとの大きな違い。それは圧倒的な物量不足だ。


再信審判が始まれば、おのおののクランは再信審判に集中するために物流がほぼ止まる。

クラン内での人と物の移動は当然ある。しかし、クラン同士の交易や交流は止まってしまう。個人の商売や旅行はあるので完全な停止ではないが。

他のクランに回す余剰物資があるならフィニスの地に送る。当然だ。再信審判に勝たねばならないのだから。だから人も物も再信審判に注力される。

よって、もしも何かあれば自クラン内でやりくりしなければならない。困窮しても他のクランは助けてはくれない。再信審判を争う相手をわざわざ助けるお人好しはいないだろう。


しかし"ニウィス・ルイナ"の場合、それはほぼ不可能なのだ。まだ規模の小さい我々は人も物も他頼り。物流を止めるわけにはいかないのだ。

だがそこで問題が立ちはだかる。交易をしたくても相手がいなければ交易は拓けない。いったいどこのクランが応じてくれるというのだろう。規模が小さく、ひとりではろくに立ち行かないなら結構、そのまま潰れてくれと無視されるに決まっている。

仮に応じてもらったとしても、交易を続けるという条件で再信審判での動きを制限されるかもしれない。物資を回してやるから自分たちを狙うなと交換条件を持ちかけてくる可能性は多々ある。

争いはフィニスの地のみでだが、こういった交渉事はルールに抵触しない。それを守るか破るかも争いの一環に組み込まれるためらしい。


「各クランに書状を書いて嘆願するしかないですね……」


我々はまだ脆弱だ。仕方ない。その状況に甘んじよう。

上手いこと交渉するしかない。中には我々など意に介さないゆえに交易を続けても止めてもどうでもいい、常時と変わらないと許してくれるだろうが、義兄さんは絶対そうはかない。この弱みを絶対に突いてくるだろう。


「大老、書状の準備を」

「応」

「それから……ナフティス」

「ほい」

「…………さすがに女性の裾から出てくるのはどうかと思いますよ」


どこから出てくるんだか。リグラヴェーダのドレスの裾の影から出てきたナフティスに溜息をひとつ。

いやどうも失礼とリグラヴェーダに頭を下げたナフティスは恭しく私の前に膝をついた。


「あなたの忠実な下僕がここに」

「頼みたいことがあります」


すまない、手段は選んでいられない。

義兄さんがこちらの弱みを攻めてくるというのならこちらも攻めるしかない。


「"コーラカル"の弱みを……どうか」

「承りました」


命令を拝する騎士のように額づいて、そのまま自分の影に飲み込まれて消えていく。

ナフティスの気配の残滓まで消えたのを見送って、ふぅ、と息を吐く。


さぁて、ここから何一つミスは許されない。

渡りきれるだろうか。否。渡りきらねばならない。


我々は絶対に神の国へと至らなければならない。壊れきったこの世界を脱却して神の国へ。

こんな世界に延々と留まるわけにはいかないのだ。そのためなら最善を尽くさないと。


神々から人間へ、信を問う再信審判。人々はおのおのの信仰を示して神の国を目指す。

力、知恵、忍耐、伝承、奔放、侵食。否。我々は信頼でもって神々への信仰を示そう。交わした契約を裏切ることなく相手を信じること。それこそがもっとも重要な概念なのだと神に示すのだ。


「……私たちが神の国へ」

「そうじゃの。今回の勝者はわしらでしかありえんよ」


負けてはいられない。大老がそう呟いた。

前回の再信審判では、年齢ゆえに大老は参加できなかった。いくら年齢以上に知恵が回るといっても神の国をめぐる勝負に未熟な子供を加えるわけにはいかないと遠ざけられたのだ。そすして爪弾きにされている間に審判は終わり、火のクランの勝利に終わった。

自分は『行きそこねた』のだ。自分が加わっていれば何かが変わったかもしれない。大老はその思いをずっと抱えている。それを発することはあまりないが、最近はどうも意識するのか口に出すことが多くなった。今度こそ、と。


当然。これを逃せばまたホロロギウム暦での10年を待つことになる。人間の暦では76年だ。あまりにも遠すぎる。


「そうですね、ファムファタールの望みのままに」


神の国へ。そう私が、大老が、皆が口にするたびにリグラヴェーダは目を伏せる。何かから目をそらすように。

どうしてだろう。神の国へと至ることは至上の幸福なのに。こんな世界より絶対に恵まれているのに。神が愛する慈愛の世界はきっと、こんな世界よりずっとずっとましだ。


「神に近しい世界なんでしょう?」

「…………そうですね」


どうしてそんな顔をするのだろう?

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