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あと、84日

ホロロギウム暦869年97の月が終わる。カレンダーをめくって、ふぅ、と息を吐く。

あと84日。84日後、ホロロギウム暦870年1の月1日に再信審判が始まる。


「おはようございます、ファムファタール」

「おはようございます」


朝の支度を済ませていると、リグラヴェーダがにこりと微笑みながら入室してきた。

朝からどうしたのかと聞けば、畑で完熟したアズラの果物が採れたのでファルマが朝一番におすそ分けシに来たのだそう。採れたてのうちに、ぜひとも朝食に、と。


「それはファルマに感謝しないとですね」

「えぇ。朝食はいつもどおりのパンと茶でいいですか?」

「はい」

「では準備してきますね。ファムファタールは寝癖を直してから来てくださいませ」


……んぐ。


***


同じ果物でも故郷と味が違う。土地が変われば味も変わるものだというがここまで変わるとは。

故郷で食べたアズラの実はもっと酸味があったのに、ここで育ったものはとろけるように甘い。砂糖をかけて甘みを足さなければ飲み込むのにも難儀していたあの酸っぱさが一切ない。


「土だけでなく水の違いもあるじゃろな」

「神々に愛される水……ですか」


神々に愛される水。この町の名物として売り出す際についた売り文句だ。

誰が言い出したのか、いつしかそう呼ばれるようになった。


「土の違いではなく?」

「果実の味というものは植物が内包する栄養によって変わるじゃろ」


土に含まれる栄養素。そして水に含まれる栄養素。それらが詰まっているから果実の栄養価が変わり、栄養価が変わるから味も変わる。

土か水かどちらかというわけではなく、両方が等しく果実に影響を与えているのだ。

理科の授業でやらんかったのかと叱る大老は、ハムと卵を載せたトーストを髭に埋もれた口に押し込んだ。


「畑の事情は化学でやらないでしょう」


畑の事情に化学が役に立つことは多々あるが。


苦言に反駁していると、そういえば、とリグラヴェーダが口を開いた。


「ファムファタールの部屋のカレンダーにあったあれは、ホロロギウム暦ですよね?」

「そうですよ」


ホロロギウム暦。神々が用いる暦だ。人間ではなく神々のために裁定された特別なもので、天体や季節の運行を観測するためではなくただの月日の区切りの意味が強いものだ。

神の国では年中快適な気候と季節なので、春夏秋冬による寒暖差がない。昼夜はあるものの、星空も一定だという。だから季節の移り変わりというものが希薄なのだそう。

神の国に住む人間は天体や四季の希薄な移り変わりではなく神々の存在を日付の基準とした。昼夜を1日とし、その1日を軸として、風火水樹雷土氷の神々を当てはめて1周期とする。この7日の1周期を4回で1ヶ月。1ヶ月の周期を100回紡いで1年。合計で2800日。これがホロロギウム暦だ。


「あの暦は神々のものでは?」


神の国で用いられる暦をこの世界で使う意味などないのでは。

リグラヴェーダの疑問ももっともだ。だけど理由がある。ホロロギウム歴における10年が再信審判の周期になるからだ。

28000日を1年365日で割れば、およそ76年。そう、再信審判は実に76年ぶりなのだ。

再信審判の時期を知るためにもホロロギウム暦の使用は必須。だから通常用いるカレンダーの横に、ホロロギウム暦を記したカレンダーを貼っているのだ。


ホロロギウム暦で今日は869年98の月1日。28日後に99の月になり、さらに28日後に100の月になり、またさらに28日後に年が繰り上がって870年1の月。870年1の月1日に再信審判が始まる。

残り84日。時間はもうない。


「そうですね。きちんと手順を確認しましょうか」


今日中にやらなくてはならない緊急の用事はないし決めなくてはならない火急の物事もない。

私が出した指示を民たちが行って、その成果を待つような状態にある。

それなら改めて、今日は再信審判の手続きについて確認することにしよう。私だって初めてだから、しっかりと手順を確かめておきたい。


「大老、説明をお願いできますか?」

「任せるがいい。じゃがの、その前に……」


その前に、雑談の間に冷めてしまいそうな朝食を食べることから!



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