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永久凍土から神の国へ、世界制覇を目指します  作者: つくたん
雷のクラン"シャフダスルヴ"
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漂流者

船の中には男女子供合わせて約50人。ほとんどが栄養失調。感染症らしい症状はなし。

全員が衰弱しており、中には自力で立つことすら不可能なほど弱っている者も。

帆に記された印は雷のクランのもの。まともに喋る元気がかろうじてある者に話を聞いてみると、雷のクランからの亡命者だと言う。


まさに漂流した彼らは防疫の観点から隔離しつつ治療を受けている。

以上のことをヘクスは淡々と述べた。感情を切り離すほど淡々としていなければ義憤でどうにかなりそうなほどひどい有様なのだろう。


「……どうして……」

「まぁ、なんて臆病者なんでしょう!」


横で報告を聞いていたアグリネが大声を張り上げた。心底驚いたような声だった。


「クランから逃げ出すなんて、なんて臆病者! 鍛錬を放棄するなんて、あぁもう見たくもない臆病者だわ! ねぇお姉さま、さっさと追い返すべきだわ!!」

「お嬢さん。いったん黙るとよい。このクランで生活していたかったらのぅ」


アグリネの発言を止めたのは大老だった。言葉にやや棘がある。それもそうだ。だって私も同じ気持ちなのだから。


雷のクランの本拠地であるクレイラ島とこの町は世界地図上においてほぼ対角線上にある。

片道だけでも船でかなりの日にちがかかる。しかもナルド海を通らねばならない。あの荒ぶる海竜の領域をだ。荒れ狂う波は船の航行を阻害する。

その中を超えてきたのだ。何日も荒海を、衰弱死寸前まで。いや、船の大きさと人数から考えて、半数くらいは途中で死んでしまったかもしれない。死体がないのは海に死体を葬ったのだろう。

そこまで過酷な船旅でやっと漂着した人々に対して臆病者と罵るなんてあんまりだ。あまつさえ、寄港拒否で追い返せなんて。その言いぐさは流石に私も不愉快にすぎる。


「どうして? あの人たちは修行の身でありながらそれを捨てた不信心者です! クレイラ島に追い返して修行しろと諭すべきで…………きゃぁっ!!」

「お黙りなさい。沈めますよ」


手を出したのはリグラヴェーダだった。どこから取り出したのか、鋭い氷の刃がアグリネの喉元に突きつけられていた。

まずい。リグラヴェーダが本気で怒っている。あと少しアグリネの口が過ぎれば、その首と胴を切り離そうとするほどに。


氷の刃で脅しつけられ、ようやくアグリネは自分がこの場で浮いた意見を発したことに気付いたようだ。

ぐっと押し黙ったアグリネをリグラヴェーダの氷のような瞳がひと撫でして、それでようやく氷の刃が引っ込んだ。


「…………それで」


刺々しくなった空気を切り替える努力も惜しくて話を進める。


ヘクスの報告をまとめると、彼らは着の身着のままの状態で船に載せられて漂流していたという。

雷のクランの方針に異を唱えたり不満を示した人間だけが集められ、船に押し込まれ、そしてクレイラ港を出た。いや、追い出されたというべきか。

不満ならば出ていくがいい、あとはどこへなりとも行くがいい、と。

ろくに船を操れる人間もいなかったので、波に揺られるままに。ろくな食料も水もなく。それを得る手段もなく。何もなく。ずっと。


彼らの扱いが雷のクラン内でどうだったかは今アグリネが証明してくれた通り。修行についていけない臆病者とそしり、叩き出した。


「彼らの治療を優先してください。受け入れるにしろ雷のクランに返還するにしろ、健康体でなくてはいけません」

「死んだら死んだでしょう。軟弱者なだけです」

「アグリネ。先程リグラヴェーダからなんと言われましたか?」


頼むから黙っていてほしい。アグリネの意見はこの場では完全なアウェー。場をかき乱し空気を悪くするだけだ。

アグリネの存在は害しかなく、良くないものと判断されてしまったら、ナフティスが黙っていないだろう。私の意志と行動を守るため、"ニウィス・ルイナ"のため、不和の種を排除しにかかるだろう。

色々と、お互いのために。頼むから黙っていてほしい。


「リグラヴェーダ。アグリネを部屋に送り届けてください」

「お姉さま!?」

「ここからは政治の話ですから……部外者を同席するわけにはいきません。そういう約束でしょう?」


スパイであることを警戒して、政治の話をする時はアグリネを同席させない。最初からそういう契約だった。

そのことを盾にして、アグリネをこの場から外す。でなければ逆鱗に触れまくるアグリネに誰が痺れを切らすかの我慢比べが始まってしまう。私はあまり耐えられる気がしない。

これ以上こじれないためにもアグリネには退席してもらう。


「えぇ。ファムファタールの望みのままに」

「ちょっと、お姉さま」

「さ。行きましょうね」


抵抗するアグリネをリグラヴェーダがやや強引に引っ張っていく。

送り届けるついでに説教でもしてほしいのだが、言い聞かせるのは私の役目だろうか。気が重い。


ばたん、と扉が閉じられた瞬間、あからさまにヘクスの肩から力が抜けた。

私も同じ気分だ。さて、憤懣やるかたない気持ちを切り替えて話を進めよう。



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