雷の王
「それで、えぇと、"シャフダスルヴ"のことですよね」
雷のクランがどういうものかについての基礎的な知識はコウクスにもらったばかり。
知りたいのは『今』の雷のクランがどうなっているかだ。
「今の首領の話からしましょうか」
直訳すると『砂の王』。王侯貴族ではなく単にその集団内で一番身分が高い人間のことを便宜的に王と訳語を当てただけ。
軽い砂語講座から、アグリネの説明が始まった。
"シャフダスルヴ"の首領、アマド・ノーレ。
ついこの前首領になったばかりの人物だ。時期的には、私たちが"コーラカル"を出奔する頃。
先代の首領を決闘によって打ち負かし、首領の座を受け継いだ。こういう引き継ぎ方には先代派と当代派が混在してしまうものだが、まわりの人間がぐうの音も出ないほどに完璧に勝ったせいでそのあたりの混乱はないという。
「先代首領が出す課題を10個クリア、最後に決闘で、っていう形だったんですが」
その課題がもう無理難題もいいところだ。炎天下、直射日光がさす岩場で飲まず食わず1週間。その状態で直立不動で雷神への讃歌を一唱。休む間もなくその晩、毒蠍が30匹ほど徘徊するテントの中で一晩過ごし、なおかつ蠍をすべて討伐すること。
雷のクランは自らの過酷な環境を修行ととらえてそれに打ち勝つことを至上の喜びとするが、それにしたって行き過ぎだと思うほどの困難さだ。どんな課題なのか聞いた第三者が処刑か何かかと思うほど。
そんな処刑じみた無理難題を正々堂々一切のイカサマなく突破したのだという。
「で、最後の決闘なんですが……弓の射撃対決になったんです」
先代も彼も、ちょうど弓の名手としてうたわれていた。ならば決着は弓の腕で。
そういうわけで弓での射撃対決になった。しかしただの射撃対決ではない。先代は風ひとつない射撃場で。彼は砂嵐の真っ只中で。
「でも、勝ったんです。砂嵐の季節真っ最中なのにですよ!」
砂嵐の真っ只中。的どころか前さえろくに見えないし、吹き付ける砂と風で立っていることも難しい。
その中で、風に揺れて暴れる的を見事に射抜いたのだ。しかも10射中5射も。うち1射は的の中央に正中していた。風ひとつない射撃場だというのに4射しか射抜けなかった先代に比べ、その技量は明らか。
「で、で。そこから不正や汚職をしていた政官を処罰して、クラン内の浄化をしたんです!」
税を余分に取って、差額を懐にしまうような悪官とか。縁故採用しかしない高官とか。
政治でできる『悪いこと』をしていた政官を罰し、クランの風通しをよくしたそう。年功序列ではなく実力で地位を決め、位の高さではなく功績で報奨を決めるなど、善政を敷いた。
「有能じゃないですか……」
聞く限り、文句の付け所がない。
自分のところの首領を悪く言うわけがないということを差し引いても、欠点がない気がする。
悪しき者には厳しく、正しき者にはきちんとした評価を。絵に描いたような良い首領じゃないか。
「入れ替わりがもっと前だったら、暗殺されてたのは火のクランじゃなくてそっちだったろうなぁ」
蒙昧な先代だったから標的にならなかった。もし、代替わりがもっと前だったら、首領暗殺の標的にされていたのは火のクランではなく雷のクランだったかもしれない。
そんな観点からナフティスがぼやいた。なんて視点でものを言うんだか。
「えぇまぁ! アマドさまは立派なひとですよ。あ、お姉さまが一番ですけど」
「……そのお姉さまというのは……」
我慢できずに突っ込みを入れる。はいはい、と目を瞬かせたアグリネは不思議そうに首を傾げる。
「お姉さまはお姉さまですよ。私の至上の愛ですから」
「……まぁ、聞き捨てなりませんね……」
「リグラヴェーダ、落ち着いてください」
対抗しないでください。
どうやら、あの晩のことですっかり惚れ込まれてしまったようだ。
慕われるのは嬉しいが、その表現はどうなのやら。愛も恋もわからぬような小娘が至上の愛を語るなとリグラヴェーダが刺々しい視線を向けている。
「蚊帳の外じゃのぅ」
「っすねぇ」
大老とナフティスは女の争いを遠巻きに見ている。
見ていないで助けてください。渦中の私は吹雪と砂嵐に挟まれている気分だ。
「モテモテなところすみません、ライカ様。緊急のお知らせが」
「こんなモテ方は結構です。……と。ヘクス、どうしたんですか?」
ヘクスが来たということは、また港か来港者関連で何かあったか。
「ボロ船が一隻。……乗船者は全員、衰弱しています」




