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永久凍土から神の国へ、世界制覇を目指します  作者: つくたん
雷のクラン"シャフダスルヴ"
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運命の人vs最上の愛

「しかし、『お姉さま』ですか……」


聞き捨てなりませんね、とはリグラヴェーダ。

アグリネが私のことを『お姉さま』と呼んだのが気に入らない様子だ。いや、気に入らないのは『お姉さま』ではなくあれだ。コウクスから教えられた例の単語。

ラテジャ。最上の愛を示すその言葉は、運命の相手というようなニュアンスも含むそうだ。直訳すると『これ以上ない最高の愛』なのだから意訳すれば『あなた以外考えられない』というような意味になる。

それくらい相手に運命を感じているということだ。


一方、リグラヴェーダが私に対して呼称する『ファムファタール』もそう。

運命の人という意味だ。氷の民の長い一生の間で遭遇する奇跡の一瞬、その相手のことだ。


「な、なに対抗しようとしてるんですか……」

「いえいえ。私のファムファタールに対してどうしてあぁも大仰な表現なのかと」


私のファムファタールへの想いのほうが上ですよ、なんて。

ちょっと待った。そういう趣味はない。同性同士に関する偏見はないが、それが自分に向けられるのは別の話。


「私にとってあなたは絶対ですから」

「あぁ……はい……」


あえてノーコメントでいこう。肯定しても否定しても話がこじれそうだ。


「これは内緒話なのですが」

「はい?」


不意にしゃがんだリグラヴェーダが、とん、と指で床を叩く。防音結界の展開だ。

聞かれるわけにはいかない内緒話、ということは、氷の民の慣習に関することだろうか。踏み込んではならないが、こうしてリグラヴェーダが自分から語るぶんには不干渉と非接触の同盟には違反しない。

頭上に伸ばした指で防音結界の口を閉じて空間を安定させたリグラヴェーダは、ゆるりと内緒話を語り始めた。


「ファムファタールに出会った者には2つの選択肢が与えられます」


氷の民の長命と魔法の素養を捨ててヒト同然の寿命と能力になるか。知識ばかりは忘れることはできないのでそこは保持されるが、あとは魔法も使えぬ脆弱な身だ。しかし、愛する者と同じ時間を過ごし、同じ寿命を迎える。一緒に生き、一緒に逝く。

それとも、儀式によって愛する者を殺し、氷の民の長命と魔法の素養をさらに強化するか。儀式によって、何をどうしても死ななくなり、永遠に近い生を与えられるという。それこそ"大崩壊"が直撃しても。


「要約すると、太く短く生きるか、細く長く生きるかというようなことでしょうか」


その選択は今、リグラヴェーダにも与えられている。私というファムファタールに出会ったことで、彼女には決断の時が来ている。

どちらを選ぶのか。その決断ばかりはファムファタールが強要することはできない。絶対的な服従を誓う氷の民に許された唯一の反抗の余地。


「ど、どちらを選ぶっていうんです?」

「さぁ、今のところは保留ですね」


でも、と続ける。


「あなたがここで私の手により死んでしまえば……あなたは神の国に行けず、私の手元に残りますね」

「……っ!!」


ぞくりと背筋が粟立った。微笑んだリグラヴェーダの表情があまりにも深淵に似ていたから。


神の国に行けずに死んだ魂は転生する。何度も何度もだ。そうして無限の再挑戦を繰り返してやがて世界の全員が神の国に至れる。

しかし。選択の儀式で死んだファムファタールの魂は転生できず、そのまま消滅するのだそう。魂のひとかけらだけがリグラヴェーダの魂に組み込まれ、そしてこの世界で永遠を生きる。何をどうしても死なない身となったリグラヴェーダとともに。


それはなんて恐ろしいんだろう。私たちは、この世界に生きる人間たちは皆、神の国に至ることを目的に生きている。体質や病気や境遇など、再信審判に関われずどうしようもない時でも、『来世に賭ければいい』と慰めて今世を生きる。

いつかきっと、神の国へ。それがこの世界に生きるすべての人間の目標なのに。


リグラヴェーダのそれは、そんな目標を蹴散らしてしまう。永遠にこの世界に繋ぎ止める。

飛び立とうとする鳥の羽先を切って空を飛べなくさせてしまうように。そうして飛べない小鳥を鳥かごに閉じ込めてしまうように。


そうだ。氷の属性が象徴する概念には『独占』もある。すべてを氷に閉じ込め、自分のものとする逸した嫉妬。

まさに象徴通りというわけだ。自分の手元から離れて神の国に至ろうとするファムファタールをこの世に繋ぎ止めて独占する。


「ふふ。そんな甘美な箱庭も結構。ですが、ともに添い遂げる気のほうが高いのでご安心ください」


にこりと微笑んだリグラヴェーダの表情はいつもどおりの穏やかな笑みだ。

再信審判を勝つためにリグラヴェーダの魔法は必要。だから決断を宣言する時は再信審判の決着ぎりぎりまで先送りにするが、選択はそちらに決める、と。太く短く、あなたとともに。


「……リグラヴェーダは、神の国に行けるんですか?」

「いいえ。あなたを見送って死にますよ」


添い遂げることを宣言した時、リグラヴェーダの寿命はヒトと同じだけに限定される。そしてファムファタールが死んだ時、連鎖して死ぬという。

私が再信審判に勝って神の国に招かれ今世の生を終えた時、リグラヴェーダは生命連鎖により死ぬ。けれど神の国には行けないのだ。


「それは損じゃないですか?」


リグラヴェーダに何一つ良いことはない。特に、神の国に行けないなんてあんまりだ。

問えば、リグラヴェーダはふるりと首を振った。


「それを超越するほどの幸福にいるのですよ、今、私は」


あなたといられるなら、神の国に行けなくても惜しくはない。

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