雷の首魁
翌日の朝一番。私たちの元には雷のクランからの使者と名乗る一団が到着した。
ヘクスが彼らを領館の謁見室に連れていき、私もまた大老と護衛のリグラヴェーダ、それから念のため通訳としてコウクスを。アグリネも呼んだのだが、疲れて眠った反動からか寝起き直後で、少し支度に時間がかかるとのことだった。
アグリネの到着を待つ前に本題に入るとしよう。
「失礼ですが、昨日の船がそうなのでは?」
書状とアグリネだけ置いて逃げるように帰ったあの船。雷のクランの使節と言っていた気がしたのだが。
それなのに、使節とは。昨日のあまりの失礼っぷりにヘクスが憤慨していたことを思い出し、疑問を口にする。
「貴方様の憤慨はごもっともです。どうか、弁明を聞いていただきたい」
平に平に、平服する彼らの言うことをまとめると。
昨日のあれは先走った将家の一人が独断で派遣したものだという。雷のクランの代表でも使節でもない。
残虐非道、恐ろしい『氷の女』に無残に殺されたくないという恐怖から逃れるための逸った行動で、雷のクランの首領が認めた行為ではない。当然、雷のクラン全体の意思でもない。
独断で行動し、あまつさえ関係を損ねるようなことをした将家の男は雷のクランできつく処罰するのでどうか許していただきたい。そして改めて雷のクラン"シャフダスルヴ"と"ニウィス・ルイナ"の友誼を結びたいとのことだった。
「アグリネ・シャフダスルヴ・スラウラはこちらが引き取らせていただき……」
「ベイト!! ユスクイエ! イエジャ!!」
ばたばたと走ってきたアグリネがドアを勢いよく開け放って割り込んできた。
砂語なので何を言っているかわからないが、表情から察するに、使節に拒否を示しているようだった。念のためコウクスに訳を頼むと、帰らない、ここにいる、と言ってますねぇ、と返ってきた。
「ボクミスディセッカスル! プレイ、カル!」
「ウェリ? シャフダモーンダシンクヴェハンタスル?」
「ボクラテジャエンイサ!! プレイリッカ!」
…………今とんでもない単語が聞こえた気が。つい昨日、コウクスから注意しろと警告された語が。
コウクスが引きつった笑みを浮かべているということは聞き間違いじゃないだろう。
「ま、まぁまぁ。本人も反対しているようですし……」
反抗期の娘と、それに手を焼く大人たちといった様相の言い争いを止める。
とんでもない単語が聞こえたことについてはいったん捨て置くとして。アグリネのことだ。
あんな名目で送り出されて、はいそうですかと帰るのは気まずいだろう。
それならば、こちらで彼女を預かるのはどうだろうか。本人も帰るのは大反対しているのだし。
「で、ですが……」
「ほら、お姉さまもそう言ってらしてるわ!」
お姉さま? ……話の腰を折りそうだから深く追求しないでおこう。
「私としては構いませんよ」
都市としての住環境は水のクランお墨付き。食料や物資についても、贅沢ができるかどうかは別として不便はない。
彼女ひとり引き取ることについては問題ない。異国の地で不安なことは多々あるだろうが、雷神信仰により必要なものがあれば自由に用意してもらって構わない。
「どうでしょうか?」
「……時間を。我々だけでは判断がつけられません」
「もちろんです」
***
持ち帰って検討しますと雷のクランからの使節、そしてアグリネは港に停泊した船へと戻っていった。
「あれ、出港しないんでしょうか?」
「伝達魔法を使っているのでしょう」
遠くに声や姿を伝達するための魔法。魔法というか武具か。
かなり希少なものだ。再信審判の時に使うものという印象がある。再信審判の地で戦う自クラン員の状況を遠隔地から把握するためのもの。
そんなものを彼らもそれを所持しているのか。まぁ無理もないだろう。世界地図の平面上では、この町と雷のクランの本拠地は対角線上にある。片道で何日かかるか。帰って、議論して、返答を持ってくるなんてしていたら何週間かかるだろう。
成程。納得して、そしてあることに気がつく。
私に、というか"ニウィス・ルイナ"に伝達用の武具はないということに。
これでは再信審判の地で戦う兵たちに指示が出せないし、様子がわからなければ適切な支援を行うことができない。狼煙なんて見える距離でもないし、連絡用の船を行き来させるなんて悠長なことはできない。
「……リグラヴェーダ、あの……」
「伝達魔法ですか? できますよ」
よかった。これでできなかったらどうしようかと。
基本的なことが抜けていた。こういう見落としがあると困る。しっかりと確認しなければ。
「私の伝達魔法は映像を映す幕となる水盤があれば発動できます。必要な時は、その用意をお忘れなく」
「わかりました。その時は頼みます」
「えぇ。ファムファタールのお望みのままに」




