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離反した理由は裏切りへの反目

「ライカさーまっ!!」

「はひっ」


びっくりした。思わず素っ頓狂な声が出てしまった。いけないいけない。皆が安心して頼れるような威厳ある指導者でなくちゃいけないのに。

この声は誰かわかる。ナフティスだ。振り返れば確かにそこに鮮やかな緑色の髪をした彼がいた。


彼は風神を信奉する風のクラン"ベルベニの奔放"のほとんどを構成する亜人、ベルベニ族だ。とはいえ風のクランには属さず、奔放に各地を旅していたらしい。しかし旅の途中でうっかりで負ったらしい傷が化膿して、行き先の宿で死にかけていたところをたまたま通りがかった私が薬を手配して助けたことを恩にもって以来、私に忠誠を誓うがごとく付き従ってくれている。

彼は出身が出身なので最初の頃は風のクランのスパイじゃないかとか、誰かに雇われて私を暗殺するのではないかとか疑ったものだが、色々あってその懸念は誤解であったことを知った。今では信頼する腹心の一人だ。


「俺の技術が必要なことはあります?」

「今のところはありませんね。それよりも、改めて礼を言います」

「あん?」

「あなたの旅のノウハウがなかったら色々とままならないこともありましたから」


水のクランから離反して故郷を出奔すると私が言った時、真っ先にそれに乗って、そして新天地を目指すための船の手配を率先してくれた。

北を目指して出港してからは船上であれこれと助けてくれた。船酔いの対処から大嵐の切り抜けかたまで。彼の豊富な旅の経験と知識に助けられたことは多くある。

そのことに感謝を。何より、私についてきてくれたことに感謝を。


「まぁ俺はライカ様の信奉者っすから」


人間が神々を信仰するのなら、俺はライカ様を信仰します。

ナフティスが常々言っていることだ。それほどまでに彼は私に信頼を置いている。


「それにありゃ議会が悪い。……裏切りの算段なんて再信審判にはふさわしくない」


そう。それが私が水のクランと袂を分かつ原因であり理由だ。

前回から数十年。2つほど世代をまたいだ最近。再信審判の時期が近くなってくると各クランはどのようにして戦いを制するかを本腰入れて考え始める。

その手段は各々が掲げる神とその信仰に沿うことが多い。水神を信奉する水のクランは水の属性が象徴する知恵に長け、次々とあらゆる戦術を編み出すことを得意とする。事前に情報を仕入れ、対策を練り、そして知力にとって相手を完封する。


しかし、今回の再信審判では別のアプローチを試すと議会は言い出したのだ。

水のクランが得意とする戦術は再信審判が行われる地での攻防が主だ。そこではなく、もっと前の段階から知略を仕掛けようと言ったのだ。

つまりは他クランと同盟を結び、他クランの力でもって戦いを進め、その後、大勢が決した頃に裏切って一人勝ちするというものだった。


それも立派な戦術だろう。その有効性については私も認める。『勝つ』というなら最も楽で、そして勝率が高い。

だが、その裏切りの作戦は再信審判で使ってはならない戦術だ。再信審判は神々から人間へ信を問うためのものだ。なのに、裏切りを用いて勝つだなんて。そんな勝者を神々は受け入れるだろうか。受け入れはしない。


そう異議を唱え、そして私は離反した。だからこそ、私は私を信じる民たちとともに再信審判の勝者となって自分の正しさを水のクランの皆々に証明しなければならないのだ。


「寝首をかくのはベルベニの領分なんでね。そう言った意味でも水のクランがやっちゃいけねぇ」


ベルベニ族は歌と踊り、旅を愛する奔放の種族であるが、反面、影もなく掴みどころのない暗殺者の一面も持つ。ナフティスもそうだ。彼はその技術を私の護衛のために使ってくれている。彼が摘発した私狙いの暴漢連中は数知れず。

きっと、私が把握していない裏で刺客の抹殺も行っているのだろう。だけどその血生臭さを気取られぬよう、風のようにあっけらかんと笑ってみせるその精神力には感嘆する。


「しかしまぁ、勝つっていってもどうやって? 俺が全部片っ端から殺すにしたって数が多い」


再信審判は中央大陸で行われる。各クランは中央大陸へ兵を派遣し物資を送り、そして中央大陸の覇権を争う。国家の形態でいえば、軍を編成して派兵するという表現になる。

クランは言い換えれば国だ。だから派兵の数も相当に多い。数百か千か。対する私たちはたかが30程度の集団である。全員が兵士として中央大陸に向かっても圧倒的に数が足らない。


のんびりとここで国家級になるまで数百年、数世代かけて育てていってもいいが、それでは次の再信審判に間に合わない。

次の再信審判までに、数百の兵と、それを支援できるだけの生産能力をもったクランにならなければいけない。それだけの数の人員を増やすには、他クランから人を引き抜いて来るしかない。


「引き抜くって?」

「私たちのように所属するクランのやり方に不満を持った人間や、旅人、難民など……彼らを受け入れれば、数は揃うでしょう」


再信審判の時期が近いとはいえ、まだ数年ある。この永久凍土の地で新たなクランを立ち上げたことを知らせ、我々の名声を高めて認知されるようになれば、その噂を聞きつけた人々が来る、かもしれない。来ないかもしれない。来なかったらどうしようもない。どうしようもないのでそこは考えない。


「でもそれじゃぁ烏合の衆だ。数は揃ってもすぐに離散する」

「えぇ。それは承知の上です。けどだからこそ、ですよ」


人種も民族もバラバラの集団となるだろう。他のクランのように、何族ばかりの集団とはなりえない。スルタン族はいるしベルベニ族はいるしヒトも何もいるクランとなるだろう。それによる対立もきっとあるはずだ。

だけど、でも、だからこそだ。そこに賭けたい。種族が統一されていない集団でも構わない。


「ナフティス。あなたがベルベニ族でありながら私に付き従っているのはどうしてです?」

「そりゃライカ様を信じて……あぁ、成程」

「そうです。『信頼』のもとに、私たちは再信審判に挑もうではありませんか」


力、知恵、忍耐、伝承、奔放、侵食。それぞれのクランはさまざまな手段と信仰で再信審判に挑んでくる。

だったら私たちは『信頼』を武器にする。裏切りに異議を唱えて離反した集団らしく、それはもっとも重要視される価値観とする。


たとえ違う出身だろうと身分だろうと種族だろうと。その枠を超えて、信頼し支え合う。

その姿を見せることで神々の再信を得ようではないか。


そして神の国へと至るのだ。

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