『氷の女』
樹、火、水、土。そこまでの承認は揃った。組織だっていない風のクランについては、承認というより噂話の普及具合でとナフティスが言っていた。
「ナフティス」
「ほい」
「…………ドアから普通に入ってきましたね」
いつも変なところから現れるのに。普通にドアを開けて入ってきた。いやそれは歓迎すべきことだが、ついうっかり普通に入ってこないでくださいと言いかけてしまった。
まぁいい。それはそうとして。
「風のクラン……というか、ベルベニ族の間で私ってどうなんです?」
噂話の普及具合で、と言っていたが、具体的にはどうなのだろう。
風のクランから脱退しているとはいえ、ベルベニ族としての個人でのつながりから色々と内情を知っているらしいナフティスに問う。
「あー……これ言っていいんですかねぇ……」
「なんですか歯切れの悪い」
「いやいや、聞いてショック起こさないようにの配慮ですよ」
「まさか、悪名が?」
善政は敷いている、と思うのだが。民を虐げたりはしていない。
私本人が聞いてショックを起こすような、とはいったいベルベニ族の間で私はどう語られているのやら。
「いやね、『氷の女』って呼ばれてるんですよ」
「氷の女?」
「永久凍土に領土を構えるクランだからとか。氷の属性が空いてるからだとかで、そういうふうに」
ふむ。
再信審判に参加するクランは6つ。6つのクランはそれぞれの属性神を信仰している。世界に存在する属性は7つで、足し引きすれば氷の座が空いている。
そこに、永久凍土に領土を構えるクランが現れたら。当然、氷のクランだろうと早とちりされてしまう。
そういうわけで、色々と早とちりと勘違いの尾ひれがついてそう呼ばれているそうだ。
私は水神への信仰を捨てたわけではないので、氷のクラン扱いされるのがショックなのではと配慮してナフティスは黙っていたと。
「まぁ……その勘違いはちょっと……訂正が必要ですが……」
「氷のクランじゃなくて水のクラン亜流って訂正は入れたんで、そのうち直ると思いますがねぇ」
氷のクラン、ひいては氷神の信徒扱いされているのは少し気になるところではあるが。
ナフティスが訂正を入れたそうなので、そのうち直る……直るのだろうか?
それにしても、氷の女か。個人に何かしらの称号や二つ名がつくことはベルベニ族にとっての名誉だそうなので、いいこととして受け止めてはいるものの。
氷の女というのは、なんだか、冷徹な人物のように思われないだろうか。情を解さず、淡々と。そんなような人物だと先入観を与えてしまいそうな気がする。
「ライカ様が優しいってことは俺たち十分知ってますしほら」
「……フォローありがとうございます」
信仰だけでなく人となりについても風のクランの皆々に伝わってほしいものだ。
それはいいとして。
ひとつ、気になることがあるのだ。
「この前、リグラヴェーダと何を話していたんですか?」
一度自分もその中に収められたからわかる。リグラヴェーダの魔法の行使の気配を感じてこっそり覗いてみれば、いるはずの部屋には誰の姿もなく、しかし気配はあった。あれはリグラヴェーダの迷彩魔法だろう。
誰にも聞かれてはいけない秘密の話だから魔法で覗かれぬよう盗み聞きされぬよう隠すのだと。
その中で私は彼女から『リグラヴェーダ』というものについて聞いた。では、ナフティスはリグラヴェーダから何を聞いたのだろう。そうやって、魔法で隠してまで。
「そりゃ、秘密ですよ」
「秘密って……」
「あぁ、でもライカ様には言っていいですかねぇ。実はリグラヴェーダの秘密を聞きまして。なんでも、最近体重が増えてケツがデカく」
「ナフティス?」
霜が、降りた。
室内の温度が氷点下に下がった。そう錯覚するほどの威圧感。振り返れば、微笑みながら青筋を立てているリグラヴェーダ。
「知っていますか? 凍死寸前になると寒さより暑さを感じるそうですよ」
「うわごめんなさいつい出来心で!!」
「あっ逃げた」
文字通り飛び上がったナフティスは逃げるように足元の影へと身を滑らせた。落とし穴に落ちていくように底なし沼に落ちるように、どぷんとナフティスが影に沈む。そのまま影から影へ転移したらしく気配が消えた。
「まったく……見つけたら全裸にしてフルゴルに縛り付けて雪原を走らせましょうか」
「それはちょっと絵面に問題があるのでやめてください」
微笑んでいるものの、リグラヴェーダの目が真剣だ。これは本当にやりかねない。
吹雪のように過激なことを言い放ったリグラヴェーダは、ふぅ、と嘆息して気持ちを切り替えた。
「ナフティスとの内緒話が気になりますか?」
曰く、私に語ったことと同じことをナフティスに告げたらしい。要するに『リグラヴェーダ』というものについてだ。
話の内容が内容だから迷彩魔法で隠したのだと答え、リグラヴェーダは眉を寄せる。
「体重は増えていませんし、体型も変わっていませんよ」
「あはは……」
「もしファムファタールがふくよかな方がお好みでしたら、努力いたしますが?」
「いや結構です」
なんでそう全肯定的なんだか。せっかくの良いプロポーションなので維持してほしいものだ。
見ていて羨ましくなる。胸の大きさとか。この話はやめよう。
「でも気をつけてくださいね。あの男、肝心なところで嘘を付きますから」
「え?」
「そのうちわかりますよ。それまで、私は口を凍らせます」




