幕間小話 ナフティスとは何者か
「結論から言いましょう。火の民の先代首領暗殺犯、モガリといいましたか。あれはあなたですね?」
どうしてわかったのか。答えは簡単だ。
なぜって、氷の民は氷神を信仰する。氷の属性が司るのは不変、独占、真実。氷の神は『すべて』を知っている。すべては既知であり未知はない。ならば氷の信徒もまた、未知を既知に変え、真実を知ることができる。
どうやって知ったかなど簡単だ。すべてを知っている氷の神に答え合わせを頼んだだけ。
だから知っている。ナフティスが何者かを。
『リグラヴェーダ』について教えたのは、彼の秘密を探り、答え合わせをした埋め合わせの部分も大きい。彼の秘密を彼の許可無く否定の余地なく暴いてしまったのだから、同じだけの真実を打ち明けることで均衡をとった。
「じゃぁ俺が答え合わせする意味なくねぇ?」
「本人から肯定されるという行為に意味があるので」
それで、肯定の一言は如何に。問えばナフティスは降参を示すかのように軽く両手を挙げた。
「まぁ、勝手に答え合わせされたのはいいさ。で、答え合わせするにも材料が必要だろ。それは?」
答えを出すにも、それに足る推測が必要だ。
数式だって計算式がなければ解は出ない。推測の材料となったものはなんだ。
まさか、『ベルベニ族の男性だから』という貧弱な理由ではないだろう。氷神がどんな人となりかは知らないが、そんな貧弱な推測で答え合わせをするほど信徒に甘くはないはずだ。
そのあたりも教えてもらうことで、勝手に探られた埋め合わせはよしとしよう。
ナフティスの問いに、えぇ、とリグラヴェーダは頷いた。
「あなたの武具です」
何気なく使っているが、影から影へ、距離も位置も無視して渡るというのは相当の能力だ。
魔法がありふれていた原初の時代にすら滅多にない。そんなものを、原初の時代から魔法というものがかなり衰退したこの時代で、呼吸と同じような感覚で軽く使ってしまえるというのは、言ってしまえば規格外の一言だ。直接的な殺傷能力がないだけで、能力だけでいえば世界最強。
そんな規格外がいるのなら、必ずどこかで神聖視されるなり祭り上げられるなり注目されて当然。集団のトップになるのは至極当たり前。その集団というのが、風のクランだ。
影から影へ渡る規格外の武具でもって、ナフティスは風のクランのトップになったはず。
どこへも自由に行けるその武具は暗殺に役立ったろう。そうしてクラン内で名声を上げ、頂点に登りつめたに違いない。
そう思っていたところに、火のクランの先代首領暗殺犯の話だ。暗殺犯は蟻一匹すら入れぬ厳重な警備の領館に忍び込み、暗殺をなし、そして多少の追撃はあったものの逃げおおせた。
そんなこと、生半可な人間ではできはしない。それこそ規格外レベルでなければ。では規格外レベルのベルベニ族の男といえば。以上推測完了。
「それと、補足としてあなたがライカ様に仕えるようになった時期と、暗殺事件が起きた時期とかですね」
暗殺事件が起きた時期の直後、ナフティスがライカに拾われている。この時系列もまた推測を確かなものにした。追撃を逃れるために逃げて逃げて逃げて逃げた果て、行き倒れるほどに消耗していたところを拾ったのがライカだったのだろう。
狡猾なほど聡明な水の首領がナフティスの素性を洗っていないわけがない。黙っているのは火のクランに対しての交渉材料にするつもりだったのだろう。
多少その目論見とは形が違ってはいるが、そのために状況もよく転がっている。あの首領が火のクランに暗殺犯の正体を告げれば、それだけで"ニウィス・ルイナ"にくだされた火の承認は取り消しだ。"ニウィス・ルイナ"の進退はあの男が握っている。
それで何をするかまでは氷神に答え合わせをしていないのでリグラヴェーダにはわからないが。
話を戻して。
諸々を拾い集めて推測して補強した結果、そう思い至り、その答え合わせを氷神に頼んだ。解答は是だった。そして今、ナフティス本人からも肯定された。事実は確定した。
「ナフティス。あなたは先程、私に"得体の知れぬ者はライカ様のそばに置いておきたくない"と言いましたね?」
同様の言葉はリグラヴェーダからナフティスにも当てはまる。
他クランの首領を暗殺した男をファムファタールのそばに置いておきたくはない。風のクランの勝利のため、ライカの首を掻き切らないとは言えないのだから。
そうでしょう、と問う。だがこの問いも威圧にならない意味のないことだということをリグラヴェーダは知っている。
その可能性はありえない、と氷神は告げていたのだから。ただし、ライカへの忠誠が本物だからではない。風神の信徒はどこまでいっても奔放だ。主人を持つことはない。
ライカを暗殺しないのは、言ってしまえば気まぐれだ。『命を助けられた恩義に報いて仕える』という演劇の一環。『ここにいる間はそういう人物像でいこう』という思いつきを忠実に実行しているだけにすぎない。
本音も本心もそこにはなく、あぁまったく、実態が掴めないのが風の信徒らしい。
「そこまで視ているとはねぇ……」
「ご安心を。このことは氷の下ですから」
このことを知ったからといって、リグラヴェーダはどうする気もない。リグラヴェーダが何者かということをナフティスが喋った時、反撃として広めるくらいか。
ここでの話はお互いに氷の下に閉じ込めて秘密としてしまおう。不変の真実は広く万人に広めるものではなく、限られた者のみが独占するものなのだから。
「お前も氷の信徒らしいなぁ」
「お互い様ですよ」




