帰郷、監査
町に到着した。
舷梯を降り、監査役の2人を招く。
影から影へ渡る武具で船上から町へ一瞬で移動できるナフティスがすでに大老に事のあらましを伝えていて、監査役を受け入れる用意を整えてもらっている。伝達役を済ませた後はきっと見えないところから私に随従しているのだろう。呼べばまたいつものように変なところから現れてくるはずだ。
「町の中は自由に見てもよいでしょうか?」
「はい。町の中ならば危険もないでしょう」
姉の顔から首領の妻の顔へ。姉さん、いや、エレナ様の問いにそう答える。
土のクランからの監査役であるスレン殿はというと、慎重にあたりを見下ろしていた。その横を父子の再会を果たしたソルカが父親とともに通り過ぎていく。親代わりに面倒を見てもらっているレーラル女史のところに行くのだそうだ。
「スレン殿もどうぞご自由に。日暮れまでに領館に帰っていただければ」
領館の場所は、まぁ、最も目立つのだから必要ないだろうが一応案内しておく。
この大通りを真っ直ぐ直線に行けばあるということを伝える。元々この町は観光都市だったのだ。初めて来訪する人間でも迷うことがないよう、道は非常にわかりやすくなっている。要するに大きな通りに出るように歩き、大きな通りに出ればあとは真っ直ぐ。振り返るだけで方向感覚を失うような方向音痴でもない限りは迷うことはないだろう。
「護衛をおつけしましょうか?」
「あぁ、いえ。結構です。お心遣いはありがたいのですが……他人の手を借りずとも自分の手でどうとでもできますので」
仮にも竜族だ。その身体能力があれば護衛など不要。むしろ足手まといだ。
そういうようなことを言外に告げ、彼はそのまま町の中心地へと足を運んでいった。
「エレナ様はどうなさいますか?」
「よろしければですが、ライカ様と一緒に町の中をめぐりたいと思っています」
「私と……ですか?」
「えぇ。ライカ様の護衛と私の護衛で人手を割いてしまうのはもったいないでしょう?」
危険がないはずだとはいえ、確かに、そうではあるが。
私自身も、不在の間に町がどうなったかを点検しておきたい。特にフルゴルの飼育の様子とか。まだ騎乗用に用いることはできるのかどうか。他にも畑も気になるし、町の修理だって細かい場所はまだ終わってないと聞くしその進捗を確かめたい。
「わかりました。ではご一緒に。リグラヴェーダ、護衛を頼みます」
「えぇ、ファムファタール。仰せのままに」
***
「町はどのような構造なのですか? 永久凍土という割に暖かいですが、なにか秘密が?」
「まぁ、こんな凍土の地で畑が? どのようなものを栽培しているのですか?」
「あれは鹿ですか? 飼育しているのは皮や肉のためですか? それとも他に用途が?」
「火のクランから追放された人々を受け入れているようですが、彼らは普段どこに?」
………………などなど。
まさに質問攻めだ。たまたま目についたから無邪気に疑問をぶつけてみたというわけではない。これで私の知識をはかっているのだ。私がどのくらい自分のクランを説明できるか。
それはですねとリグラヴェーダが入ろうとしても、あなたには聞いていないとばかりに無視して私に訊ねてくるのはそのためだ。
姉さん、否、エレナ様も同じことをされたら自身が所属する水のクランについてよどみなく答えられるだろう。地理も産業もすべて。片田舎の路地一本に至るまで。
ひとに何かを説明するためには、自分がそのことを把握していなければならない。理解していなければ答えられない。だから、だ。
だから私も受けて立つ。ぶつけられる質問にはできる限り即座に答える。氷の民との不干渉と非接触の同盟があるので馬鹿正直にすべてをつまびらかにするわけにはいかないが、言える範囲は。答えられないものは機密として沈黙する。
何を話し何を黙るか、これもまた首領としての判断能力を見極める対象になる。
「なるほど、なるほど……あら。そろそろ日暮れですね。領館に向かうとしましょう。案内を頼めますか?」




