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永久凍土から神の国へ、世界制覇を目指します  作者: つくたん
土のクラン"ドラヴァキア"、水のクラン"コーラカル"
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ナルドの海上にて

驚いた。まさか"コーラカル"からの監査役が姉さんだなんて。

確かに監査役としては適任だ。あの人は"コーラカル"首領の妻なのだから。何千年も続いた再信審判に新参者が参列するという一大事に備え、事態を見極める重役をさせるにはぴったりだ。

それに、首領の妻という要人の身柄をきちんと保護できなければ大問題になる。自分の身でもってクラン内の治安をはかることもできる。

私からすれば姉、民からしても元々慣れ親しんだ顔。まったく見知らぬ他人よりは口も態度も緩みやすい。その緩んだ口から市井の幸福度を推察することもできるだろう。

そういうふうに解釈していけば、本当に、驚くくらい適任なのだ。


「ふふ。それだけじゃないのよ」

「……というと?」

「休暇も兼ねているのよ、これ」


たおやかに笑う姉さんの言うことを要約すると。

『首領の妻』という立場でもあり、出奔した私の『姉』という立場でもある姉さんは板挟みにあっている状態だ。その心労を気遣って、休暇ついでに送り出したのだ、と。

むしろ、"ニウィス・ルイナ"の監査役にぴったりだという私の解釈は緻密に組み立てた建前であり、本音は気分転換の旅行だという。


「ユーグはあぁ見えて心配性だから……」

「……すみません」

「あぁ。出奔したライカを責めているわけじゃないわ、そうじゃないの」


嫌味に聞こえたらごめんなさい。姉さんはそう言って眉を下げた。

あぁ、本当に。この人はいっそ清々しいくらい完璧に振る舞ってみせる。完璧すぎてお手上げだ。お手本のような立派な姉だ。


「あと、ライカ」

「はい?」

「船の上でくらい『姉妹』でいましょう?」


公的な立場を忘れて、家族らしく。

そう微笑むものだから、あぁ。本当に勝てない。


「あなたの話を聞かせてちょうだい。ねぇ、北の大地でどんなことがあったの?」

「そうですね……」


***


首領の妻と首領と。立場を忘れて姉妹に戻ったふたりが笑いと言葉を交わしているのを窓から見、リグラヴェーダは緩く目を伏せた。


「もし」

「……何でしょうか?」


背後から声をかけられ、振り返る。リグラヴェーダの視線の先には土のクランからの監査役がいた。

名前は確かスレンといったか。額から頭頂部へ、頭の形に沿うように生えた黒い角は土神の信徒、竜族の証である。

その監査役が自分に何の用だろう。


「リグラヴェーダさまと仰いましたよね?」

「えぇ。リグラヴェーダ・ニウィスルイナです」


リグラヴェーダに姓はない。氷の民は過酷な極寒の地で生きるため、信徒全員が団結して生活している。それゆえに家族という概念が希薄なのだ。信徒全員が家族といってもいい。よって姓で世帯を区分けする必要がない。


姓がないのは氷の民以外にも稀にある。何らかの事情で家名を捨てたりだとか。自由と奔放を信奉するベルベニ族も家族という概念に縛られることを嫌って姓を名乗らないことが多い。

なのでその点にさしたる疑問もなく、スレンは本題に切り込んだ。


「その……失礼でしたらすみません。…………あなたは何者でしょうか?」

「"ニウィス・ルイナ"首領の護衛ですが……それが?」

「いえ、身分ではなく……亜人の方ですよね?」


ヒトではない。アレイヴ族でもベルベニ族でもスルタン族でもキロ族でも竜族でもシャフ族でもない。

どの亜人にも当てはまらない『何か』。ひと目でそれを看破したスレンはリグラヴェーダにその正体を問う。


「まぁ。不思議なことを言うものですね」


核心を突かれてもリグラヴェーダは動じない。

確かに、この世界に汎用的に生きるヒトではない。アレイヴ族でもベルベニ族でもスルタン族でもキロ族でも竜族でもシャフ族でもない。

リグラヴェーダは氷の民だ。氷神を信仰する信徒(亜人)である。だがそれをつまびらかにするほど、リグラヴェーダは優しくない。あまり踏み込まれると、それは氷の民が敷く不干渉と非接触の境目に触れることになる。


「こんな荒海の船上で迂闊なことを質問するだなんて度胸がありますね」


ナルド・リヴァイアがのびのびと泳ぐこのナルド海では、一度船から転落すればまず助からない。事故に見せかけて突き落とすこともできるのだ。

それを暗に示してリグラヴェーダは微笑みで警告する。これ以上追及を続けるつもりなら、波で船が揺れた時に『事故』が起きてしまうかもしれない。


「…………すみません。忘れてください」

「えぇ。女性にはひとつやふたつ秘密がある方が魅力的ですからね。覚えておいた方がいいですよ」


ふふ、と威圧の微笑みを浮かべたまま話を切り上げる。そこだけは晒すわけにはいかないのだ。


「それでは。そろそろライカ様の姉妹のおしゃべりにも一区切りつく頃でしょうから、私はこれで」


するりとそのままスレンを振り切り、ライカがいるほうへ。とはいっても扉一枚だ。

姉妹のおしゃべりを切り上げ、姉妹から監査役の顔に戻ったエレナと入れ替わるようにして中へと入る。


「リグラヴェーダ」

「はい?」

「先程の会話、聞こえていましたが……」

「あら。それはお恥ずかしい……」


笑顔の威圧などとはしたない真似をしてしまった。

恥じ入るリグラヴェーダにライカは肩を竦めた。


「私もそこのところ突っ込みたいんですが……やっぱり同盟に触れますか?」

「ファムファタールの頼みであれば多少踏み込んだ内容も可能ですが……」

「いいんですか?」

「えぇ。でも、今はどうかお許しを」


こんな狭い船上では声を潜めても聞かれてしまう。だからまたの機会に。

そう言われたら引き下がるしかない。わかりました、とライカは話を終えるしかなかった。


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