土の書状、水の書状
土のクラン"ドラヴァキア"からの書状。書状をしたためたのはもちろん首領だ。
首領の名はダルク・ドラヴァキア・トルク。竜族の中でもとりわけ強い戦士で、血統でも計略でもなく実力で首領に上り詰めた怪傑である。
彼からの書状は無骨な字で書き綴られていた。簡単な自己紹介も略式の挨拶もないのは彼が無駄なことを嫌う性格なのではなく、彼が竜族以外を見下しているからだ。古からの伝統を守る自分たちこそ大地の支配者であり、それ以外は蒙昧な輩だと。
その傲慢故に書状に前置きはない。自己紹介も挨拶も劣等な人間どもが『させていただく』立場だと思っている。
「……無礼ですね」
「まぁ……それくらい傲慢な方がかえってやりやすくはありますが……」
何が古からの血族だとリグラヴェーダが眉を寄せる。原初の時代から生きている自分の方がより『古い』と言いたいのだろう。リグラヴェーダは規格外すぎるので比較してはいけない気がするのだけど。
「それで? 本題は?」
「えぇと……ソルカのことから始まってますね」
リグラヴェーダが少し刺々しい。伝統を守っているだけで『古き民』と名乗るのは笑止千万、自分から見たら赤子同然の分際で傲慢なことをいう、と敵対的だ。
うん、書状だけで良かった。これで使者が来ていたら話はこじれていたかもしれない。
話を戻して。書状の内容はまずソルカのことから始まっていた。
竜族の子供、それも親がいない。そのことを挙げて、土のクランに預けろという内容だった。
竜の子は竜のもとで。我々ドラヴァキアの元で育つのが道理。そう書かれていた。提案ではなく命令形で。
「……貴様らが『信頼』を掲げるというのなら、その子を我らに譲れ。その身柄をもって信としよう。その信ゆえに審判の参列を許す……ですか」
「まるで人身御供じゃな」
「大老、はっきり言いますね……」
いやまぁ実質そのとおりなのだが。
承認がほしければソルカの身柄をよこせという。まるでモノ扱いだ。
おおかた、蒙昧な連中に囲まれた哀れな同族を不幸な境遇から救ってやろうとかそういう視点だろう。
「気に入りませんね。滅ぼしますか?」
「やめてください」
リグラヴェーダ、ちょっと過激では?
普段の理知的な雰囲気はどこに。澄んだ氷のような怜悧さはなりを潜め、まるで吹雪のように苛烈だ。
よっぽど言い草が気に入らないのだろう。その点は私も同意するけども。
「……一応、本人の意志を確認しましょうか」
どうあれ、ソルカ本人を交えなければ話にならない。私たちが勝手に反発して、当人を無視するのはよくない。子供だから大人の話に入るなと突き放すことはしてはいけない。
「ソルカをここに。事情を伝えて、本人の意志確認をしましょう」
***
「……と、いうわけなんですが……」
「やだ」
「ですよねぇ」
知ってた。そりゃそうだ。ソルカはうちしか知らない。水のクランにいた頃もそう。土のクランなど身寄りも面識もない。行くかと聞かれてイエスとは言わないだろう。
「わかりました。じゃぁ、否と伝えておきます」
「はい。おねがいします、ライカさま」
ぺこりと一礼して応接室を出ていったソルカを見送り、息を吐く。
しかし、ソルカの身柄と承認は引き換えだ。承認がほしければソルカを差し出し、ソルカを渡さなければ承認はなし。
承認が取れなければ私たちの目的は頓挫する。だが、目的のために本人の意志を無視して強引に送り出すのは信を裏切る。
素直に否と伝え、別口でどうにか交渉するしかないだろう。うん。
「滅ぼせば承認もへったくれもありませんよ、ファムファタール」
「だからどうしてそう過激なんですか」
性格変わってませんか?
やろうと思えばできるのだろうところも怖い。あとは私の指示ひとつ、といった感じだ。
よっぽど気に入らないのだろうが、いやそれでも過激すぎやしないか。
「私のファムファタールに対し無礼すぎるのでつい滅ぼしたくなりました。よろしいですか?」
「だめですよ」
そこでいいですよと言うわけがないでしょう。どうどう。
不機嫌なリグラヴェーダはともかく。返事は否と伝えるしかないのだからそう書こう。
いい感じに持ち上げつつ謙遜しつつ、下から下から丁寧にお伺いを立てるように。しかし卑屈すぎない程度に。
塩梅が難しいなぁ、と溜息を吐いて何気なく窓から外を見る。ソルカと入れ違うようにしてヘクスが領館の玄関をくぐるのが見えた。
町の玄関口である港で来訪者や寄港した船の船員の相手をしている彼女が来たということは、また何やら私宛の書状が届いたのだろう。
さてさて、誰からの書状やら。それにしても、ヘクスは私の主治医だったはずがどうして来訪者の応対なんかしているんだろう。
「防疫のためだそうじゃがな」
「あぁ、成程?」
その医術の腕を感染症の予防だとかそういうことに使っているのだろう。交易品や船員から感染症が媒介しないように。それがだんだん役割が拡大して今の位置に。
わかるような、わからないような。色々引き受けるあたりはヘクスらしい。
そう思っていると、とんとん、と控えめなノックとともに本人が顔を覗かせた。
「ライカ様」
「今度はどこからの書状ですか?」
「その……水のクランから……エレナ様からです」
……姉さんが?




