現状を振り返り成果を待つ
南東大陸南部には巨大な山岳がある。
巨大な大陸の南半分を占める山岳の名はドラヴァキア。言い伝えでは、寝そべった巨竜の背に岩石が積もってできた山岳だという。
その真偽は定かではないが、その山は古来より堅牢と怠惰の象徴として伝わえられてきた。"大崩壊"でも削れぬその堅牢さと、岩石が積もるほどに微動だにしない巨竜の存在を怠惰とみなした。
堅牢なる怠惰の山岳。それを旗印にして、竜族の土神信仰と合わさって土のクランが生まれた。
竜の末裔とうたわれる竜族が中心となり作られた土のクランは、古の生活を保つ『伝統』のクランである。
「…………と、いうのは私の知識ですが」
土のクラン"ドラヴァキア"は水のクランと領土を接するため、彼らの生活様式や伝統についてはそれなりには知っている。
彼らは伝統を重んじる。神の国に行くことよりも竜族の教えを守ることを優先し、再信審判には積極的に参加してこない。再信審判で戦いたいという民がいないから今回の審判は見送るなんてこともする。
しかし、いざ戦うとなれば竜族の強靭な身体能力で文字通り轢き潰す。再信審判に参加した時の勝率はほぼ100%だ。あの身体能力には何者も勝てない。
噂だが、今回も再信審判には非積極的なのだそう。参加するとしても数は少ないだろう。
それはそれとして、再信審判の一角を担う土のクランだ。承認は取り付けねばならない。
それと、ソルカの件もだ。あの子に適切な力加減を教えられる人材が欲しい。
最悪、ソルカを土のクランに移籍させることも考えている。本人にその気がまったくないし、私としても長くここで親しんだ少年を見知らぬ地にひとり放り込む気もない。
いろいろな要素が噛み合った末にしたためた書状をナフティスに持たせ、彼を土のクランに送り出した。
すぐに返事が来るわけでもない。万事スムーズにいったとしても数日かかるだろう。内政と外交を整えつつ、事態の変化を待つとしよう。
まずは外交面。
樹のクランとの交易は順調。畑で自生していた豆もどきは樹のクランにとって大変興味を引くものだったらしく、豆ひと苗で有り余るほどの種と苗を交換することができた。寒冷地に強い特性を持つ種苗類は畑で栽培され、収穫が早いものはもう食卓を彩り始めている。
樹のクランからの承認の条件であるイルス海の平定もほどほどに。キロ族の元海賊たちにイルス海の治安維持をさせ、ならず者の討伐や船舶の護衛をさせている。ならず者の中にはクランから行き場を失って食い詰めた末の集団もいて、彼らもまたうちで受け入れることになった。今のところ悪人が善人のふりをして紛れ込んでいるということはないのでクラン内はいたって平和だ。
火のクランとはお互いに付かず離れず。人や物資をやり取りするほどではないが、定期的に連絡は取っている。連絡の中身は犯人探しの奏上ではあるが。
先代首領の暗殺犯の捜索については、手がかりが『ベルベニ族の男性』という部分しか情報がないまま。特定は難しすぎる。『暗殺犯は処刑された』と表向きは死んだことになっているし、大体的に探すこともできない。あちらもそれを承知しているので急かす真似はしてこない。
風のクランは集団として動いていないせいで全体の動きが掴めない。
元風のクラン員だったナフティスが言うには、ベルベニ族はそういう気質だから仕方ないのだそう。全体としてより個々の動きを注視した方がいいそうだ。要するに、暗殺されないよう自分の周りを厳重にしつつ、外部からの侵入者に目を光らせろ、と。
水のクランはというと、離反した私たちに対して何のアクションもしてこない。
離反して新しいクランを立ち上げたの。そう。頑張ってね……というような感じだろうか。反抗期の子供が家出したような感覚かもしれない。
平たく言うと、意に介されていない。
雷のクランは物理的な距離が遠いこともあってまだ接触を持ってすらいない。
現状の外交面はこんなところだ。次に内政面。
樹のクランから交易で得た種苗のおかげで食料面は充実してきた。
森の獣から穫れる肉、海で釣れる魚も十分。栄養でもレシピのレパートリーでも文句はほぼない。
一応、すべての民を満足に食べさせ、余剰分は保存や交易に回す余裕もある。
森の獣から得た皮革や、樹のクランから得た綿布を使っての服、森の木材で作った薪。物資も取り立てて不足はない。まだまだ豪華とはいえないが、ぼろを着て寒さに凍えることはない。
住居の修復や施設の修理も必要なものから適宜手を付けている。
雪鹿フルゴルについてはというと、フルゴルの捕獲に成功し、ファルマが飼育を始めたそうだ。
まだ生態を完璧に把握していないので手間取ることもあるようだが、さしあたって問題になることは起きていない。
そのうち飼い慣らして騎乗用に使えるようになるだろう。このあたりはファルマの腕次第なので私がどうこうできる話ではない。
今のところは順調なのだ。今のところは。
「こういう時に何かが起きるんですよねぇ」
「そうじゃの。気を抜かずにやるんじゃぞ」
過信すると危ないからのぅ、とは大老の呟き。
口を挟まないまでもリグラヴェーダも頷いている。そうですね、と返す。
「ライカ様。ヘクスです。土のクランから書状が来ております」
おっと。どうやら事態が動いたようだ。




