力の行き先
「ナフティス」
「ほい」
「土のクランに打診しにいってくれませんか? 書状はこちらで用意しますので、首領に渡していただければ」
……ソファの下の影から出てきたことはもう何も言わない。
今考えていたことを書状にしたためて土のクランへ送る。伝書鳩というと聞こえは悪いが、ナフティスにはメッセンジャーになってもらおう。
「ほいほい。了解です。んじゃぁ書状のほう、よろしくお願いしますよっと」
「はい」
ソファの影から出たので机の影へ、みたいな立ち去り方でナフティスの姿が消える。
まったく。
「書状の執筆はわしの仕事じゃな」
「そうですね、お願いします」
最終的には私がしたためることになるけれど。内容の草案は大老に任せる。
大老が文面を考案している間、ふぅむと思考を走らせる。
ソルカの身体能力のことだ。力の使い方を教えればいい、とは思ったものの、今現在のソルカのメンタルケアも重要だ。
こうして騒ぎを起こしてしまったと強く気に病んでしまって、自分の膂力を疎ましいものと思いかねない。思春期の子供は何かと気を使わねば。それこそ過剰なくらいに。
「んーむ…………と?」
とんとん、とノックの音。今日は訪問者が多いな。
ライカ様、と用事を告げてきたのはガーディナーだった。森で働く男たちに混じり、木材の調達や加工を手伝っている。
「はい、ガーディナー。どうしました?」
「ライカ様に相談が。その、人手のことで」
ガーディナーの相談はというと、町で使う薪のための薪割り担当者が足りないということだった。
イルス海の海賊たちを受け入れたことによる人口増加にともなう薪の消費。力自慢の大人たちは家の修復やその資材の調達ばかりに駆り出され、薪を割る役が足りない。
「木こり作業の誰かに回ってもらうことは?」
「町で黙々とやってんのが地味だと言って……。あいつら、自分が切った木の大きさや修理した建物の数で競っているせいで……」
そして、木を切って町に運び、資材を用いて町の修理を行う木こりや大工の頭数も足りないので薪割りに回せない。
各々の判断や話し合いでやっていたのだが、なぁなぁじゃ済まなくなってきた。そこで、私がきちんと人数管理をして指示をしてくれないかというのがガーディナーの相談だった。
「ライカ様の指示があればあいつらも従うと思うので、一言言ってやってください。はぁ……どこかにパワフルな力自慢はいないものか……」
「力自慢…………あ!」
いるじゃないか。力自慢。斧など要らず、素手で木を割りそうな子が。
「ガーディナー。ソルカにやらせてはどうでしょう?」
「ソルカって……あの子か? そりゃ、確かに力は十分でしょうが……」
「あの子が自分の膂力を嫌いになる前に、自信をつけさせてあげたいんです」
町の役に立っていると思うことができれば、自己肯定感も増して膂力を厭うこともない。
ガーディナーも薪割り係が増えて負担が減る。
薪は町に運ばれてきた木材を薪割り場で割って作る。町の外に出ることもないのでソルカが危険に晒されることもない。
いいことづくめではないだろうか?
***
それじゃぁやらせてみます、とガーディナーが言ったのは昨日のこと。
どうなっただろうか。日暮れの前に様子を見に行くことにした。
「ガーディナー、どうなりました?」
「あぁ、ライカ様。今吉報を届けに行こうとしたところです」
吉報。ということはうまくいったのか。
曰く。ソルカに方法を教えてやらせてみたら、ガーディナーが1日で割るぶんの薪を半日で終わらせたという。ちなみに素手ではなく斧を使った。
ソルカもまんざらではない様子で、本人の希望もあってこれからしばらくは続けるつもりらしい。もちろん報酬は出して。
「それはそれは……」
「あぁ、本当に凄かったですよ。レンが薪を拾って束ねて。息が合うコンビってあぁいうのを言うのかと」
半日で終わったのには理由がある。膂力を活かしたソルカが薪を割るスピードが早かったというのもあるが、割った薪を束ねて縛るという工程をレンが担当したからだ。2つの作業を並行して行えば、そりゃぁ早く終わるのは当然。
「ブチ割ってる最中に手を出すのでヒヤヒヤしたんですがね……いやぁ、見事な息の合いっぷりで」
斧を振り下ろしている最中だというのに、構わず手を出して割った薪を拾ったのだとか。
それはさながら、新年の餅つきで杵を振り上げ下ろす合間に餅をひっくり返すかのような。
「怖くないかって聞いたら、なんて言ったと思います?」
「なんですか?」
「ソルカがそんなことするわけないだろ、って全幅の信頼の顔で言ったんですよ」




