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永久凍土から神の国へ、世界制覇を目指します  作者: つくたん
内政 よりよい暮らしを
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竜族の少年

家畜の飼育はできそう。畑もついでに確認したが問題なし。

あとは町の様子でも見て回ろうか。ぐるりと視線をめぐらせて路地を歩き始める。

石畳も修理がかなり進んできた。まだ完全に終わってはないものの、人通りがあるところは足元に注意しなくてもよくなった。

うんうん、順調だ。さてさて。


「……ん?」


なんだか騒がしい。あの方角は町の北東にある鉱山の方だったか。銀が採れるとのことで、採掘の準備として地質調査をさせていたところだ。金属鉱石の扱いは鍛冶を得意とする火のクランの得意分野だろう、と火のクランの追放者たちを仕事にあてていたはず。


「どうかしたんですか?」


鉱山前の広場。そこが騒動の現場だった。

掘った土を積んで作られた山にしたたかに背中を強打したらしいキロ族の男性と、それを前にして肩を怒らせている少年。その2人を取り囲む周囲。


「ライカ様」

「こんにちは。それで、この騒ぎはどうしたんですか?」


人垣を掻き分けて輪の中央へ。輪の中心にいる少年と目線を合わせる。


「こんにちは、ソルカ」

「ライカさま……」


その顔でなんとなく事の経緯がわかった。

ソルカ。この少年は竜族だ。竜族は土のクランの中核をなす種族で、その特徴はヒトをはるかに超える身体能力だ。竜族の大人が本気でぶん殴れば、人間の頭など熟れた果実のように簡単に潰れてしまう。厚みのある鉄板を蹴りの一撃でぶち破ることも可能。断崖絶壁から飛び降りたって無傷。

そんな卓越した身体能力は子供にも相応にそなわっている。思春期に突入したばかりの年齢でも、力加減に気をつけなければ大の大人を張り倒すほどに。


おおかた、何か言い争いがあったのだろう。子供をからかってやろうと思ったのかなんなのか、とにかく揶揄か冗談か悪口かに怒って突き飛ばしたか殴り飛ばしたか、そんな感じの揉め事があったのだろう。


***


騒動は解散、私は領館に戻って大老に事のあらましを告げた。


「ソルカがのぅ……」

「えぇ……」


自分たちはヒトと比べて異常なほどの身体能力を持っているので、竜族以外と交流する時は力加減に気をつけろ、というのは竜族の子供が親から教わることだ。同じ身体能力だからこそ、身をもって力加減を教えてやれる。

だけどソルカにはその力加減を教えてくれる親がいない。あの子は孤児なのだ。


竜族ひいては土のクランの領土は南東大陸の南半分。南東大陸の北半分は水のクランの領土だ。

ソルカの母親は病気がちで、知恵を象徴する水のクランなら何かいい治療法はないかと療養に来ていた。彼女の身柄をクランとして預かり、手を尽くしたが彼女は流行り病で斃れてしまった。

残ったのは母親についてきた小さな少年だけ。父親は妻の治療費と療養費を捻出するためにどこかに稼ぎに行ってしまって行方不明。仕方なく、ソルカは水のクランに組み込まれた。


水のクランに竜族はおらず、そのまま今に至る。ソルカは適切な力加減を学んでいないのだ。

自分の身体能力については理解している、だが適切な具合がわからない。だからふとした時にこうして騒動になってしまう。どんなに感情が乱されようとも我を失わず、自分の芯は一点に置いて揺れることのない大地のような盤石さがソルカには欠けている。


「あの、ライカさま」

「…………おや?」


この声はレンだ。ソルカと同い年の少年で、キロ族と竜族という種族を超えて仲の良い親友である。

そのレンがいったいどうしたのだろう。訪ねてきたレンを部屋の中に招き入れ、応接用のソファに座らせる。対面に私と大老が座り、腰を落ち着けた頃にレンが口を開いた。


「さっきの……ソルカは悪くないんです」


用件は先程の騒動のことだった。

レンの言うことを要約すると、あれはソルカがレンをかばったものだそうだ。

石切場に落ちていたこの透明な石は宝石に違いないと無邪気に自慢していたら、それは角が取れて丸くなったガラスだと大人たちが教えたのだそう。大人たちのうちの1人、先程突き飛ばされていた男性が、キロ族だっていうのに鉱石の区別もつかないのかと笑ったのだ。


レンはキロ族だ。キロ族だからこそ鉱石に詳しくて当然という認識はどこのクランに在籍していても変わらない。だから大人たちはキロ族だというのに鉱石の見分けがつかないレンを笑ったのだ。

レンの母親はレンを生む前に火のクランからこちらに移籍してきた。だからレンにはキロ族が持っていて当然の知識や技術はほとんど知らない。彼の母親は火神信仰を捨てて水神信仰に改信した。火のクランが持っている字の文化さえ捨てた。

だからその嘲笑は、生まれてこのかたキロ族としての知識を与えられず、鉱石の知識も鍛冶の腕前も十分でないレンにはどうしようもないことで。


――だから、その理不尽にソルカは怒ったのだ。


「友人のために怒ったんですね。成程、わかりました」


ソルカは友人のために怒ったのだ。そしてレンは友人のために弁明に来た。

美しい友情に思わず目頭を押さえたくなる。いい子だなぁ……。

そんないい子はつい甘やかしたくなってしまう。休憩にとリグラヴェーダが置いてくれていたクッキーを皿代わりのバスケットごとレンにあげてしまおう。

ソルカと仲良く分けるといいと見送り出す。2人の友情に乾杯。


とても爽やかな気持ちになったところで。先程の騒動のことだ。


そもそもキロ族のくせにとレンの事情も知らずに揶揄した大人が悪い。

ソルカの行為は悪しきものではなく義憤。少し力加減を間違えただけ。それについても、力加減を十分に教わっていないため。

情状酌量の余地は存分にある。下手をすれば背中を打つだけでは済まず背骨の粉砕骨折からの自立歩行不可になっていたのだぞという注意だけにとどめるべきだろう。

その叱責も、子供たちの世話を一手に担うレーラル女史がやるだろう。私が口を出すことではない。


私がやるべきなのはソルカの膂力の調整をどうするか検討することだ。

一番いいのは、土のクランかどこかから竜族の大人を招いて、何年もかけてじっくり教えてもらうことだ。私が火のクランにやったような短期的な留学のようなものではなく、数年単位の長期滞在、いやむしろ移籍してもらうレベルでの。


土のクランに事情を話し、移籍してもよいという誰かを組み込むか。むむむ。


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