雪崩対策
外交も大事だけれど内政も。
町の復興はそこそこ順調で、食料や生活必需品の諸々もクリアされていっている。多少質素だけれども、一応、暮らすぶんには困らない。
問題は。
「……森まで遠いんですよねぇ……」
町から森までものすごく遠い。1日で往復できなくもない距離だが、それも朝早くに出発して夜遅く、最悪明け方になるほど。これでは木の伐採も獣の狩猟もはかどらない。森の近くに一晩過ごせる小屋を建てて、急ぎでない限り一晩過ごしてから帰還するという手は取っているものの。
単純な距離の遠さもあるが、そこに加えて問題がある。雪崩だ。
この永久凍土の大陸では雪崩がたびたび起こるのだ。この雪崩は氷の民が警告としてわざと起こしたものではなく、天候によって自然に起きるものだ。不干渉と非接触の同盟はきちんと続いている。
山の上の雪が日照によって溶けて緩み、氷の上を滑ることで土砂崩れ的に雪崩が起きる。
自然現象だからどうにもできず手を焼いている。森と町への道が塞がれたことはまだないものの、いつそれが起きたっておかしくない。
今まで被害がないからといってこれからも起きないとは限らない。被害が出る前に手を打たなければ。
「リグラヴェーダ、念のため聞きますけど」
「はい、なんでしょうか? ファムファタール?」
「町が雪崩に飲み込まれるってことはないですよね?」
不干渉と非接触の同盟を破った罰に氷の民が起こす懲罰の雪崩は置いておいて。
自然現象として発生する雪崩の話だ。崖際の民家が土砂崩れに飲み込まれて倒壊するとか、よくある話じゃないか。そういったことが起きないかどうかが心配だ。
この町が雪崩に飲み込まれてしまったら完全に終わりだ。
緊張感をもってして問えば、是と返ってきた。
「結界が防壁になりますので……雪崩に飲み込まれてしまうことはないでしょう」
リグラヴェーダが言うには、町だけでなく森の方も安全だという。
森の中なら木々が壁になるので、完全に防げないまでも勢いを弱めることができる。雪崩の発生地点である北方の山脈から距離がかなり離れていることもあって、木々を押し流しひとを飲み込むほどの勢いを保って雪崩が来ることは考えにくい。
「……魔法でもって故意に起こさねば、ですが」
「う。そのあたりは氷の民との同盟を守りますので……」
ちくりと釘を刺されつつ、話を雪崩に戻す。
防壁があるから町は無事。森が壁になるので森の中もほぼ安全。壁。壁か。ふむ。
「森までの道中に壁を築くことはできませんかね?」
物理的に防壁を築くもよし、町の結界を伸ばして森に接続するもよし。
何らかの方法で森までの道を保護することはできないだろうか。
物理的に防壁を築くのはかなりの大掛かりな工事になってしまうので、結界のほうで。
魔法がありふれていた原初の時代から生きているリグラヴェーダなら、こう、なんかうまい感じにできないだろうか?
問えば、リグラヴェーダはゆるりと首を振った。
「ファムファタールの要求であればやります。ですが、推奨はできません」
問題点があるのだという。
第一に、結界を張るには距離が遠すぎること。あれだけの距離をカバーできる結界を作るなら、相当の術式が必要になる。何日もかけて術を編む必要がある。その間、町には帰れないしどこにも行けない。
何が起きても身を守れない状態で、いつ雪崩が起きて道を飲みこむかもわからない中で作業をするのはあまり推奨できる行為ではない。
「それに……エネルギーの問題もあります」
何かをするには相応のコストがつきものだ。魔法を発動するなら魔力というコストを支払わねばならない。それは原初の時代の魔法の発動でも、現代の武具の起動でも変わらない。
そのコストを用意することは現状難しい。リグラヴェーダがずっと魔力を注ぎ込み続けなければ維持できないという。
「あれ、じゃぁ町の結界の動力って?」
「あれは……当時の民たちの祈りの結果ですので……」
この地に住み、暮らし、神を敬い、神に愛され。営みを連綿と紡いでいった結果。
神々と人間の絆のために、何百年と祈りを捧げて編んだのだと。
結界は何百年分の魔力があらかじめ充填されている状態で、だから維持にコストがかからない。魔力切れで自然に消滅するのは何千年後だそう。
「そうだったんですね……。では、物理的な壁の方はどうでしょう?」
壁を一直線に敷く大工事は不可能だろうけど、道に点々と、防波堤のようなものを。
「毎度押し流されるのでは?」
「うぐ」
「それに、設置の間、いつ雪崩が起きるかというリスクも解決できませんし」
「うぐぐ」
確かにそうだけども。でも、何かしておかなくては。
悩む私に、発想を変えてはどうでしょうか、とリグラヴェーダが言った。
「防ぐのではなく、振り切る……そんな手段がひとつ、あります」




