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永久凍土から神の国へ、世界制覇を目指します  作者: つくたん
火のクラン"簪"
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氷と火の交換条件

「暗殺犯、ですか?」


変な話だ。先代首領の暗殺犯は犯行直後に取り押さえられ、そのまま処刑されたと聞く。もうとっくにこの世にはいないはず。

それともひょっとして、何かしらの力で死んでも蘇るというのだろうか。まさかそんなことは、いやでも武具の力ならありえるのでは。そんな桁外れの力など聞いたことがないが。


「そうなのよ。……あんまり言うなって言われてんだけどね」

「はぁ……?」

「……取り逃したのよ」

「え?」


思わず素で聞き返してしまった。え、取り逃した?

ぽかんとする私をよそに、横に控えていたリグラヴェーダは得心がいった顔をしている。


「つまり……処刑の発表は嘘だったと、そういうことでしょうか?」

「そうよ。な、なによ文句ある!?」

「いいえ。相手が気配を悟られぬ名うての暗殺者なら仕方のないことでしょう」


首領とリグラヴェーダのやり取りを聞きつつ、脳内で話をまとめる。


暗殺はあった。しかし犯人は取り逃してしまった。

首領を殺された挙げ句に逃げられましたじゃ面子が立たないので、処刑したと嘘の発表をした。

そして体面を取り繕ったものの、再信審判が近くなってきたことで『また』を警戒して摘発しようとしている、と。


「リグラヴェーダ、どうして驚かないんです?」

「モガリという名前を聞いた時から予想はついていたのです」


犯人へ、(おくりな)としてつけられた(あざな)はモガリ。モガリとは殯のことで、死体の腐敗、白骨化を経て『死』というものを決定的にするための儀式のことをいう。

それを字として与えられた。字を与えることはその者に『こうあるべし』と願いをかけること。

つまり暗殺犯は『決定的な死』を願われた。確定的で覆しようのない死を願われた。ということは、翻せば実は生きているということだ。死んだ者に死ねと願う意味はない。死ねと願うのなら、生きている相手にだ。

だから実は生きているのだろう、と予想を立てていたのだとリグラヴェーダは言う。


「ねぇ。こっちの弱みは見せたわ。今度はそっちの弱みを見せてくれる?」


実は取り逃したなんて大スキャンダルを明かしたのだ。だから"ニウィス・ルイナ"の弱みを明かせ、と。

不遜にふんぞり返ってそんなことを要求してくる。


「別に、言いふらしたりなんかしないわよ。ここだけの話ってことで……あたしも、今言ったこと、バラされたら困るし……」


それに、と続ける。


「再信審判に割り込もうなんて大それたことをやろうとするあんたに興味があるのよ」


クランを立ち上げ、そして実際に樹のクランから承認まで得ている。

これまでの歴史の中で、どのクランとも反りが合わずに独自のクランを立ち上げた輩はいた。しかしどこにも相手にされず、そのままならず者集団に落ちることがほとんどだ。

それがきちんと領土を持ち、ひとつのクランとして活動し、さらには樹のクランから正式に承認を得た。そこまで本気でやってみせたことが彼女の興味を引くことになったようだ。


「弱み……ですか」


うちにやましいことは特にない。ない……ないよね?

弱みとなるようなスキャンダルはない。今のところ。現状、把握しているうちには。


「あるでしょ。離反した理由とかさ」


離反した。そこには離反するだけの理由があった。離反するほどの受け入れられない何かがあった。

その何かはきっと、水のクランの弱みになる。


それを告げろ、というのだ。


「『信頼』のクランだっけ? ってことは、信頼を裏切る何かが水のクランにあったってことでしょ? 違う?」

「……そのとおりです」


隠し立てはできないか。首領にふさわしい礼儀作法がなっていないからといって馬鹿というわけではないのだろう。

あちらの弱みを先に明かされたということもあるし、等価交換的に明かさざるをえない。


「実は……」


***


「ふぅん……同盟組んで裏切る、ねぇ……」

「はい。だからこそ私はそれが許せなかったんです」


再信審判は神々から人間へ信を問うためのもの。だというのに、信頼を裏切って勝ってそれでいいのかと。

勝ち方も快いものではないし、何よりそれは禍根が残る。休審期に響くだろう。

表立って対立することはしてはならないが、それでも要らぬそしりは受ける。


水のクランの長所は各地に築いたネットワークだ。人脈と情報網がクランを支える。

禍根があればその網も破れてしまうだろう。だから反対したのだ。


「だからここにいるのです。カガリ様」


だから離反した。だからクランを立ち上げた。そして再信審判へ挑む。

そのためには承認が必要だ。火のクランから承認を貰い受けるためにキロ島に来たのだ。


「私たちは『信頼』のクラン。信頼を裏切るような真似を許すわけにはいかないのです」


海賊たちを受け入れた理由もまた、そこに絡む。

彼らは火のクランとそれを率いる彼女を信じてついてきていた。それなのに、理不尽な理由で追放されてしまった。一方的に信を裏切られたのだ。

その行為は『信頼』のクランとして見逃すわけにはいかない。だから彼らの受け皿となったのだ。


「なによ、あたしへの批判? 何も知らないくせに。犯人が見つからなきゃ、こっちは……あぁ、そうだ!」


勢いでまくし立てた彼女は、自分で言った台詞で何かを思いついたようだった。

……嫌な予感しかしない。


「あんた、犯人を捕まえてごらんよ。それで承認ってことにするわ」

「……それは」

「あたしに口答えした度胸に免じて承認だけはしてあげる。でも、犯人を捕まえなかったら取り消しよ!」


もし、他の誰かが暗殺犯を捕まえてしまったら、その時は承認は取り消し。


なんてことだ。とんでもない交換条件をふっかけてきやがった。

ここで拒否はありえない。火の信徒たちは勢いを断ち切られることを嫌う。勢いに勝てる反対理由もないのでは白けさせるだけ。白けることを何よりも嫌う火のクランの不興を買えば、その時ものすごく面倒くさいことになる。


「わかりました。その犯人、捕まえてみせましょう」


勢いに乗るしかない。えぇいままよ!

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