氷の女と火の少女
船に乗り、火のクランの本拠地であるキロ島へ。
操舵してくれた船乗りたちを船に残し、私とリグラヴェーダ、見えないがナフティスのみでキロ島へ上陸する。
街の景観は茶と白を基調に統一されている。
防火に優れた木材に防火の塗料を塗り込めて燃えにくくした柱に漆喰の壁。窓は細い枝を紐で編んだ簾がかけられている。縁取りは家によって異なり、これで家業を示す。
その光景は私が留学していた時と変わらない。
使節に先導されながら、踏み固められた砂利の道を歩く。
行き交う人々を眺めてみても、そこに知り合いの姿はいない。むむ。もしかしたらすれ違うかと期待していたのに。
「こちらです」
道を真っ直ぐ進むと、漆喰の壁で囲われた赤い漆塗りの扉の門に行き着く。
この門の向こうが領館……ではなく、この壁は町の防衛線のひとつだ。この世においてそのようなことはないのだが、もし外敵に攻め込まれて港で防衛できず侵入を許してしまった場合に、民を避難させるための第一防壁の役目を果たす。このような漆喰塗りの防壁が何層もあり、その中央に領館がある。
私たちの町は中心から放射線状の構造をしているが、火のクランの本拠地は同心円状なのだ。
見張りに会釈してから門をくぐる。中心部に近付いたこともあってか、さっきまでの町並みと少し違う。
門をくぐる前の区画は民が住む住居と、その生活を維持する店や施設が多かった。外敵に襲われて防衛が不可能な時、最悪放棄してもいいからだ。
その住居の割合が少し減り、クランを維持するための施設の割合がほんの少し増えた。この比率は中心部に近付くにつれ逆転していく。
居住区、工業区、軍備区と門を進み、そして中央区へ。政治を取り仕切るための施設が詰まった区画だ。
その先を進み、中央区のさらに中心。同心円の防壁の中点にあたる部分。ついにここが領館だ。
***
王制でいえば玉座にあたる部屋。そこに領主がいる。
まさに玉座といったように一段高くなった場所に敷き詰められたクッションとその中央に埋まるように座る少女。
彼女が火のクラン"簪"の首領、カガリだ。
留学中の面識はほぼない。水のクランから留学してきました、期間中よろしくお願いしますと挨拶した時は先代の時であり、当時は首領の娘であった彼女とは軽く顔合わせをした程度。言葉を交わしたことはない。あちらが私の顔を知っているかどうか怪しいくらいだ。
「お初にお目にかかります、カガリ様」
あの頃、彼女の字はカガリではなかった。カガリとは首領にのみつけられる字だ。首領に就任すると同時に改字して『カガリ』を背負う。
カガリとは篝火のこと。暗中に道を示す灯火という意味を持つ。火のクランを導く篝火であれという願いがこめられている。
「『元』がつくとはいえ、あたしのクランの人間があんたたちに無体をはたらいたと聞いたわ」
頭を下げて礼をとった私たちの頭上から少女の甲高い声が響いた。顔を上げろと言われていないのでそのままの姿勢で言葉を受ける。
「悪かったわね。……それだけ。いつまでも頭下げなくていいわよ」
はい、と下げっぱなしだった頭を上げる。
規模も小さく、ただ勝手に名乗っているだけも同然なのだが、一応は私だってクランの首領。クランは国と言い換えてもいい。
そのトップ同士の会談であるはずなのに、彼女からは本来取るべき礼儀や作法が抜けている。あえて無礼な態度を取っているのではなく、首領同士の会談で取るべき作法を知らないのだ。
つまり、首領としてのあれこれを何も教えられないまま首領に上り詰めてしまったということ。それだけ彼女の首領就任は急だったのだ。
「内情を少しバラすとね、少し厳しくしないとこっちもマズくてさ」
「……失礼ですが、何かあったのでしょうか?」
他クランの内情に首を突っ込むのもよくないのだが、あれだけ過激な追放を行う理由を知っておきたい。
火のクランから追放された彼らを受け入れた際に聞いた話では、暗殺事件があったその日に守衛についていたというだけで追放されたという。首領の館を護衛していたとかではなく、まったく関係ない場所の見張りをしていた。なのに、お前が暗殺者をキロ島に招き入れたのだと疑いをかけられたのだ。
中には、その日に首領とすれ違ったとか、そんな理由で追放の対象となった人もいた。こんなもの、こじつけもいいところ。
どう見てもまともな理由ではない。こんな理不尽な追放があってたまるか。追い出された人々を受け入れた身としては、その正確な動機を把握する権利があるはずだ。
……と、正面切って理不尽を批判できないので、やんわりとした態度で問う。
同じ首領、そして多少歳は離れていても年若い女同士。そこで親近感をおぼえたらしい。彼女はなんてことなく答えた。
「暗殺犯を探してるのよ」




