火よりの使者
キロ島から使者が来たとピスカトルから報せが来た。埠頭の先端で釣り竿を垂らしていたら地平線に船団が見えたのだそうだ。掲げていた旗は赤を基調とした火の意匠で、どう見ても火のクランからの使者だった。
「使者の皆さんを領館に通してください。大老もこちらへ」
「そうじゃの。……使節に知り合いがおればよいのじゃが」
火のクランには以前留学したことがある。大老が若い頃に留学したツテで留学したのだが、その時にそれなりに知り合いはできたし仲のいい友人と呼べる存在も数人できた。彼女らが使節にいるのなら話がしやすいのだが、それを期待するのは無理だろうか。
そんなことを考えつつ、領館の応接室で使節を待つ。対談用に広く面積が取ってある部屋だ。
長方形に配された机の正面に大老とともに座り、護衛のためとリグラヴェーダが後ろにつく。そしておそらくは姿が見えないところにナフティスがいるのだろう。
案内役を買って出たヘクスが使節を応接室まで連れてくる。案内され、入ってきたのは5人ほどのキロ族だった。残りの人員は船で待機しているのだろう。ぞろぞろとあまり多く来てもそれはそれで部屋が狭くて仕方ないので少ないことには歓迎だ。
その5人の中に、留学中に得た知り合いの姿はなし。大老の知人もいないようだった。
「はじめまして。"ニウィス・ルイナ"の首領……字を頼火と申します」
「春椿じゃ。火のクランの皆々様には遠路はるばる……」
留学中に知った火のクランの文化。それは字という風習だ。
火のクラン、特に大勢を占める種族であるキロ族は名前というものに重きを置く。名は重要なものであり、名付け主である親と、生涯をともにする伴侶しか知ってはならないものとされている。兄弟姉妹でも秘密にしなければならない。
よって、普段呼び合う時は仮の名である字を用いる。あらかじめレパートリーが設定されている中から、立場や気質、本人の好みなどから選んで名乗るのが基本だ。中にはオリジナリティを重視して独自の字をつけることもある。
それは留学といえど一時的にでも火のクランに籍を置いた私や大老も同じ。よって、私には留学にあたって字がつけられた。それが頼火だ。大老はハルツバリの名前をもじって春椿という。
火のクランの外においてそのルールが適用されるかは個人の信仰の度合いによるのだが、この場合は真名よりも字のほうがいいだろう。相手の文化を尊重することにもつながる。
そう判断して字を名乗ったのだが、あちらの好印象を得られたようだ。使者の代表者らしい男性の相好がいくらか和んだ。
「こちらこそ。我々は皆、字をホカゲと申します。……長い前置きはここまでにして、早速本題に入らせていただいてもよろしいか?」
「えぇ。構いません。イルス海の海賊のことですね」
「いかにも。我が"簪"から追放した者がそちらに迷惑をかけてしまった模様。カガリ様はそのことを気に病んでいる様子で、どうかそのことについて謝罪を、とのことです」
追放したので、彼らの身柄については"ニウィス・ルイナ"の元のままで構わない。元々はうちのものだと奪還しにきたわけではない。
そう前置きをした彼が語ることを要約するに、海賊たちがかけた迷惑について謝罪をしたいのでキロ島までお越し願えないか、ということだった。
「聞けばあなたがたは再信審判に参加したいと考えているようで……会談の内容によっては、その話もするだろう、と」
「……ふむ」
うちが追放した者が迷惑をかけてごめんなさい、という引け目に便乗して承認を取り付けようというのはずるいだろうか。うーむ。
否。卑怯でもこれはチャンスだ。掴んでおきたい。どのみちいずれは各クランの首領と会談して承認を得なければならないのだ。観測気球を飛ばして様子見して打診してとまどろっこしい手順を踏んでいる時間の余裕はあまりない。さくっと決められるなら決めるべき。
火のクランが信奉する火の属性。それは過激さと苛烈さを象徴する。信徒たちもまたその傾向が強い。一度決めれば突っ走る。決めたことは覆さない。気前が良く、割り切りが早い。考えるより行動。
だからその気質に合わせて勢いに任せて動いた方が物事が早く進む……というのは留学中に得た知見である。
今回もそれに合わせて行動すべきだろう。つまりは、この申し出に乗る。
「わかりました。あなたがたの帰路について私たちも船を出します」
港に船は14隻。私たちがこの地に漂着した時のものと、あと13隻は海賊たちのものだ。
そのうちの1隻に乗って、私たちもキロ島へ向かう。そして火のクランの首領との会談にのぞむ。
「それでよろしいですか?」
「は。むしろこちらからもお願いしたいところでして……その、カガリ様から『縛ってでも連れてこい』と言われておりましたので……」
……過激だなぁ。




