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永久凍土から神の国へ、世界制覇を目指します  作者: つくたん
火のクラン"簪"
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幕間小話 燃える火の少女

あたしは負けるわけにはいかないのよ。


火のクラン"簪"。その名前は神座し(かんざし)に由来する。

神が座すと書いて神座し。その名を掲げるほどにあたしたちキロ族と火神の絆とも因縁ともつかぬ関係は長い。

キロ族は神の恩恵であった魔法を武具という形で万人に扱えるものに引きずり下ろした。その功績と罪から逃れるべく始まった風習が(あざな)だった。

キロ族にとって名前には力が宿る神聖なもの。いわゆる、言霊というやつだ。名が違えば別のものであり、名が同じなら同じものだ。名前はそのモノの性質を示す。

だから、神の目をくらますために真名とは違う仮の名をつけることで違う人間としたのだ。そうして字の文化は受け継がれていくうちに数パターンに絞られていき、いつしか首領にしかつけられない字というものが生まれた。首領という地位を受け継ぐように、字も受け継ぐようになったのだ。


あたしの字は、カガリ。あたしの両親の字もカガリ。この灯火の名は火のクランを率いる首領にだけつけられる。首領になる際に改字して字を変える。

あたしの字が『カガリ』なのは、つまりそういうこと。両親(先代)が死んだから。正確には、死んだのではなく、殺された。


休審期も終わりがけ、再信審判の準備に向けて動き出そうとした時にそれは起きたわ。

父上と母上は暗殺された。夜風に当たろうとテラスに出て、そこで殺されたの。

首領を失えば"簪"は少なくとも混乱する。次の首領を決めて、体制を立て直している間、再信審判への準備は滞る。それを狙っての暗殺だった。

殺したのはベルベニ族の男。風のようにするりと侵入して、鎌鼬のように首を切って殺した。


誰もが認める優秀な首領であった父上と母上は死に、次の(カガリ)についたのはあたし。この前の夏に15歳になったばかりの。

どう見ても力不足。どう見てもまともに運営できない。どう見ても政治はできない。どう見ても未熟。

うるさい。そんなことくらい知ってる。でもやらなきゃいけないのよ。首領を継いだのはこのあたし。首領として、みんなを神の国に送ってあげなきゃいけないの。


あたしは、負けるわけにはいかない。折れるわけにはいかない。なめられるわけにはいかないのよ。絶対に。

だから、父上と母上を殺した人間は許さない。暗殺に関わった人間も許さない。あたしを侮るやつも許さない。たかが15歳の少女が首領なんだから今回の再信審判で火のクランの勝利はないなんて言葉も許さない。

あたしはやらなきゃいけないのよ。


***


「まだ追放をお続けになるつもりですか?」

「当然。疑わしきは罰するのよ」


側近のミルに聞かれて答える。当然よ。あたしは誰も許さないの。

もうひとりの側近のカクは黙々と議事録を書いている。本日の追放者、5名。


「ミル、カク。あんたたちだって許せないでしょ」

「ですが……いささか過激すぎでは?」

「あんたはキロ族じゃないからわからないのね」


元々、火神を信仰していたのはキロ族だけだった。火のクランはキロ族の下に集まってきた人々の有象無象の集団で、火神を信仰しているというだけでつながっているからキロ族以外もいる。

だからスルタン族のミルとカクにはわからないのね。こんなもの、過激のうちに入らないのよ。


「ベルベニ族はみんな入国禁止。見つけ次第処刑。入国の手引きをしたクラン員も処罰。これは曲げないわ」


絶対に。許さない。再信審判で風のクランを見かけることがあったら絶対に容赦しない。

火っていうのはね、ちょっとの風じゃ余計に燃え盛るのよ。そのことをちゃんと示さなきゃ。あたしは火のクランを率いる首領なんだから。


「しかし、追放された元クラン員が各地で海賊や山賊になっている……という噂はご存知ですか?」

「知ってるわ。でも、それはそのクランの問題よ」


あいつらは火のクランのメンバーじゃない。追放したんだから当然よ。

だから追放されたやつらが各地で何をしてようとも、それはそこを領土とするクランの問題。あたしや火のクランにはまったく関係のないこと。そうでしょ?


「では、さらなる続報については?」

「なによ」

「"ニウィス・ルイナ"と名乗るクランがイルス海の海賊をほぼ平定したそうです」


追放されたやつらが行き場をなくしてイルス海の海賊になって、行き場がないならと受け入れて組み込んだ。ミルの報告はあたしにとって信じられないものだった。

ニウィス・ルイナ。聞いたことない名前ね。勝手にクランを名乗る集団はたくさんいるけど、でも、クランごっこをしているだけであたしたち再信審判に関わるクランとは規模が違う。だから全然気にも止めなかったんだけど……。


「古語で雪崩を意味しますね」


カクからの補足。ついでに情報をよこしなさいと要求すれば、報告書がすぐ出てきた。

カクのまとめた報告書によれば、北の永久凍土の大陸で立ち上げたクランらしい。……聞いたことないわ。


「この情報はどこから?」

「交易船の船乗りが樹のクランから聞いた話です」

「ふぅん」


樹のクラン内で話題になっていたその名前が、交易の時に物品と一緒に入ってきたってわけね。

あの引きこもりクランが外部のことを話題にするなんて珍しいじゃない。よっぽどだったのね。


「イルス海の海賊に悩まされていたようですからね」

「……ミル。皮肉?」


側近のあんたでも許さないわよ。


「他意はありません。事実を述べたまでです」


水みたいにさらっと流された。

……まぁいいわ。話の続きよ。その"ニウィス・ルイナ"だったかしら。


「少し話を聞かせてもらわなきゃね?」


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